医局には雑誌の見本誌が届くことがあります。ある日何気なく「炎症と免疫」誌(2020年9月号)をめくっていたところ、「ダウン症因子DSCR-1と病的血管新生」というタイトルの総説が目に止まりました。破骨細胞とは一見なんの関係もないのですが、NFAT経路というキーワードが書いてあったのです。

血管内皮細胞を刺激するVEGFを添加することにより1時間以内に誘導される遺伝子はほとんどがNFATの活性化に伴うものだそうです。そして1時間から4時間にかけて最もNFAT依存的に誘導されるのがDSCR-1であり、この分子のドメインは強い「カルシニューリン脱リン酸化酵素阻害活性」を有しているというのです。

カルシニューリン(CN)はカルシウム(Ca)依存性に働く脱リン酸化酵素で、NFATファミリーに属する転写因子は細胞質でCNにより脱リン酸化されると活性化して核に移行し、転写因子として機能します。実際CN阻害薬であるシクロスポリンAやタクロリムスはNFATの活性化を阻害することで免疫抑制薬として働くことが知られており、臨床応用されています。つまりこのDSCR-1はNFATにより誘導され、NFATの機能を抑制する分子であると考えられます。いかにも私が探し求めてきたブレーキ役としてピッタリです。何と、トランスクリプトーム解析などやる前にもう答えが出てしまった・・・(のか?)

しかし驚きはそれだけに留まりませんでした。更に読み進めると、このDSCR-1はプロモーターが2つあり、「先頭に相当するエクソンが異なることで長いアイソフォーム(DSCR-1L)と短いアイソフォーム(DSCR-1s)が存在する」そうなのです。内皮細胞でVEGF刺激により誘導されるのはDSCR-1sの方だということです。これはRANKL刺激によってshort formが特異的に誘導されるNfatc1とそっくりです。私は恥ずかしながらこのようなアイソフォームの作られ方を、それまでNfatc1以外に知らなかったのですが、結構このパターンでアイソフォームができるケースは多いのかもしれません。ヒトの遺伝子の数は2万くらいと言われます。意外に少なく感じられますが、このようにアイソフォームを持つ遺伝子もありますし、タンパク質をコードしていない「ノンコーディングRNA」も計算にいれると細胞を形作る分子の複雑性は格段に上がることが予想されます。

佐藤 浩二郎

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