実はこのIL-2パラドックスは当時京都大学にいらした坂口志文先生によりきれいに解決されていました。坂口先生は、IL-2受容体α鎖(CD25)陽性ヘルパーT細胞が制御性T細胞(regulatory T cell, Treg)として、免疫応答を負に制御するということを提唱されました。これは当時の常識とはかけ離れた説でした。前回も書きましたが、CD25陽性T細胞は活性化T細胞と考えられていたのです。それが全く逆の、免疫を抑制する働きをすると主張したわけですから、そう簡単に受け入れられたとは思えません。重要なことは、このTregのCD25は、胸腺から出るときに既に陽性である、ということです。つまり胸腺から出るときに、従来のヘルパーT細胞(CD25陰性CD4陽性T細胞)とは別にTreg(CD25陽性CD4陽性T細胞)が出てくるということです。これも常識とは異なります。
この説でIL-2パラドックスがどう解決されるのか。IL-2は、従来考えられていたT細胞の増殖因子、というだけではなく、Tregの分化や機能に必須のサイトカインである、という可能性が示されたのです。これくらいの発想の転換がないと、パラドックスが解消されるということはなかなか起きないのだと思います。免疫学会のシンポジウムで坂口先生の講演を聴き、その発表直後に海外からの招演の先生が立ち上がって内容を褒め称えた(多分、同じような現象を研究していたFiona Powrie先生だと思うのですが)のを聴いて、鳥肌が立つほど感動したことを覚えています。
もしアルキメデスがこの講義を聴いていたら、きっとエウレカ!(見つけた!分かった!)と叫んだことでしょう。エウレカ体験というのは研究者を志す人にとって重要な体験で、研究が持つ麻薬のような(?)魅力と深く関係していることだと思います。
免疫応答を負に制御するリンパ球という考え自体は以前からあったのですが、その細胞の「印(マーカー)」を同定して、細胞を実際に集めてきたり、逆に取り除いたりできるようになったことで具体的な実験が出来るようになりました。
更に2003年に堀昌平先生が、Tregの分化に必須の転写因子としてFoxP3を同定したことでTregの存在を疑う人はいなくなったのではないかと思います。この転写因子に変異の入っている患者は先天性の炎症性疾患(IPEXという名称で呼ばれています)を発症しますが、それはFoxP3の機能異常のためにTregがうまく分化出来ないためと考えると説明がつけられるのです。致死的な、深刻な疾患ですが、骨髄移植ができれば根治も期待できる疾患です。骨髄移植により正常なTregが作られるようになるということです。堀先生の論文はScience誌に載りましたがやはり興奮して読んだことを覚えています。
佐藤 浩二郎
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