失敗した方法を組み合わせて成功する、というのは結構嬉しいものです。私も「これはうまいことに気づいた」と1人満足していたのですが、次にトランスクリプトーム解析をする機会が来たときには、「セパゾール(などの、フェノールとチオシアン酸グアニジンを含む試薬)とカラムを併用する方法」が先方から推奨されました。やっぱり、考えることは皆同じなんだなと思って可笑しくなりました。
しかしこのような工夫というのは時に大きな成功につながることがあるようです。自分のことでは全然無いのですが、サイモン・シンという人の書いた「フェルマーの最終定理」(新潮文庫)に面白いエピソードが載っていました。この本は、17世紀に出題された数学上の超難問、フェルマーの最終定理の「証明」に挑んだ人たちのノンフィクションです。主人公格であるアンドリュー・ワイルズは、はじめ「岩澤理論」という手段を修正することでこの難問を解こうとしたのですが、途中で断念し、次いで「コリヴァギン=フラッハ法」を拡張する作戦に転換しました。(もちろん私にはそれらの方法が何のことだかサッパリ分かりません。)
そして1993年6月に、定理の証明を講義の形で発表したのです。世界中で大ニュースになったらしいのですが、私はこれも全く記憶していません。しかしその後、証明に欠陥が見つかり、ワイルズは翌年になってもそれを解決することができませんでした。1994年9月の終わりまでに解決ができなかったら、証明の失敗を認めようとワイルズは覚悟を決めたそうです。
しかし期限まであと11日と迫った9月19日に、一度は捨てたはずの岩澤理論を一緒に使うことにで、コリヴァギン=フラッハ法の穴を埋めることができることにワイルズが気づいた、というところが本のクライマックスです。まあ脚色もあるのかもしれませんが、強い感動を覚えるストーリーでした。もちろんセパゾールとカラム法を組み合わせるのは極めて簡単なことであり、一方、数学の何とか理論と何とか法を組み合わせるのは異常に難しいことなのでしょう。
クライマックスを少し話してしまいましたが、それでもなお、この本は読んで損の無い本だと思います。自信を持ってお薦めできます。
佐藤 浩二郎
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