てんかん・機能的神経外科分野

脳深部電極による局所フィールド電位記録(DBS LFP)

脳深部刺激療法 (Deep Brain Stimulation)は、パーキンソン病、本態性・症候性振戦、ジストニアなどの不随意運動障害を改善するために開発された外科的治療法です。脳の深部(視床、淡蒼球、視床下核など)に電極を留置し、刺激発生装置から電気刺激を行うことにより、運動機能症状を軽減します。脳深部刺激療法の検査の一環として、私達は深部電極から局所フィールド電位 (Local field potential)を記録し、ヒトの脳深部領域の神経細胞群の活動を評価しています。脳深部領域を対象とした過去の研究では、運動機能との関係に主な焦点が当てられており、記憶や言語といった認知処理に対する脳深部領域の役割はあまり注目されていませんでした。脳深部領域の局所フィールド電位記録と脳機能イメージング法および心理課題の結果を総合的に検討することで、私達は多角的なアプローチからヒトの認知処理を支える脳深部領域の機能の解明を試みています。 この研究を通して、運動機能の症状改善だけでなく、認知機能への影響も考慮に入れた安全で最善の治療効果が得られる脳深部刺激療法を開発しています。

図

光トポグラフィを用いた脳卒中患者の神経特性解析とリハビリへの応用

光トポグラフィとは、微弱な近赤外線を頭皮に当てることで脳活動に伴って変化する血流(血中ヘモグロビン濃度)を計測する脳機能イメージング装置です。このような脳活動計測方法を近赤外線分光法(near-infrared spectroscopy: NIRS)と呼びます。光トポグラフィは他の脳機能イメージング装置と比較して小型であり、ベッドサイドでの脳活動計測も可能です。さらには運動中の脳活動計測にも適していることなどから、近年リハビリテーション分野などへの臨床応用が盛んに試みられています。

私たちは、急性期の脳卒中に伴う麻痺患者を対象として、光トポグラフィによる脳活動計測を行っています。この研究では、これまでのリハビリテーションに関する研究で着目されてこなかった患者間の個人差(患者個人の「クセ」)を、神経活動から簡易的に定量化することを目指しています。具体的には、それぞれの患者さんが得意とする「注意の向け方」(例えば、運動中に自分の身体情報に注意を向けることが得意か、あるいは環境情報に注意を向けることが得意か)に伴う脳活動の個人差を調べ、その際の運動パフォーマンスとの関係を評価しています。本研究の一連の成果は既に特許出願もしており(特願 2015-256090号)、それぞれの患者さんに合ったリハビリテーション(テイラーメードリハビリテーション)、より安全で最善の脳機能回復を目指した方法の提案に向けて研究を進めています。

このようなリハビリテーション訓練効果を促進する、注意の向け方の個人差に関わる神経基盤も明らかになりつつあります。光トポグラフィを用いて健常若年者・健常高齢者・急性期脳卒中患者の前頭前野活動を計測したところ、左前頭前野(具体的には、左背外側前頭前野・左前頭極と呼ばれる領域)の活動の強さは、より高い訓練効果が得られる個々人の最適な注意の向け方と関連することが明らかとなりました。以上の認知-運動機能連関の個人差に関わる神経基盤の発見について 第40回日本神経科学大会 にて発表し、ジュニア研究者ポスター賞を受賞しました。今回、運動中の最適な注意の向け方に関わる神経基盤が示されたことで、その個人差を客観的に判別することが可能となりました。今後は、このような脳活動に基づく個人差判別を応用し、テイラーメードなリハビリテーション訓練手法の提案につなげていきます。

  • *第40回日本神経科学大会 ジュニア研究者ポスター賞
  • 受賞者後藤 彩(自治医科大学 脳機能研究部門,芝浦工業大学 システム理工)
  • 共著者櫻田 武(自治医科大学 脳機能研究部門,自治医科大学 脳神経外科)
  • 手塚 正幸(自治医科大学 脳神経外科)
  • 中嶋 剛(自治医科大学 脳神経外科,自治医科大学附属病院 リハビリテーションセンター)
  • 森田 光哉(自治医科大学 神経内科,自治医科大学附属病院 リハビリテーションセンター)
  • 山本 紳一郎(芝浦工業大学 システム理工)
  • 平井 真洋(自治医科大学 脳機能研究部門)
  • 川合 謙介(自治医科大学 脳神経外科)
図
図
図
図

てんかんと運転免許に関する研究

てんかんを持つ人の自動車運転は、法律に制限されているものの、治療によって発作が消失した場合には認められています。しかし、その基準は必ずしも医学的な根拠に基づいて定められたものではありません。

そこで、当科では運転シミュレータ等を用いて、てんかんを持つ人が過剰な抑制感や差別感を抱くことなく、悲惨な交通事故を減らすための科学的な根拠の蓄積を目指した研究に取り組んでいます。

てんかんと自動車運転に関する取組み紹介

  • 1. 発作時に失われる運転機能の解明
  • てんかん発作が自動車運転に及ぼす影響についての研究は極めて限られています。てんかんを持つ人の運転適性について議論するためには、運転中に発作が起きた場合、運転操作の何ができて、何ができなくなるのか、などを明らかにする必要があります。
  • そこで、本研究ではビデオ脳波検査を受ける方の協力を頂き、仮想的な自動車運転中の脳神経活動と運動機能および生理機能を同時に記録することで、てんかん発作が運転操作に及ぼす影響を解明することを目指しています。
  • 2. 抗てんかん薬(AED)が運転機能に及ぼす影響
  • てんかんを持つ人であっても、発作がコントロールさえすれば自動車運転免許の取得・更新が法的にも認められるにも関わらず、発作をコントロールするために服用する抗てんかん薬の添付文書には、「本剤投与中の患者には自動車の運転等、危険を伴う機械の操作に従事させないよう注意すること。」と記載されています。
  • そこで、本研究では抗てんかん薬を服用し、発作がコントロールされている方の協力を頂き、運転シミュレータを用いて客観的に運転能力を評価することで、抗てんかん薬の服用が自動車運転機能の低下に繋がるかどうかを解明することを目指しています。
  • 3. 運転中の体調急変と交通事故に関する後向き観察
  • 高齢化社会を迎えた日本において、運転中の体調不良や意識消失が原因で起こる交通事故の増加が危惧されています。警察庁で集計されている交通事故統計によれば、これら交通事故の原因となる急病・発作の中で『てんかん』が最も多いとされています。ただ、この『てんかん』の中には未治療の発作など臨床上ではてんかんと診断できないケースも含まれており、てんかん治療を受けているにも関わらず発作が原因となった交通事故の実態はわかっていない状況です。
  • そこで、本研究では当院に救急搬送された方の診療録から自動車運転中の発症が疑われる方を抽出し、治療歴と関連付けることによって、てんかんの治療歴のある人が運転中の発作によって引き起こした交通事故を解明することを目指しています。
Copyright © 自治医科大学脳神経外科 All Rights Reserved.