陰性対照というのは言い過ぎで、TNF + IL-4刺激のウェルの隣りにTNF + IL-6刺激のウェルを置いておいたのです。IL-6はRANKLによる破骨細胞分化を阻害する、というEndocrinology誌の論文を読んだばかりだったので、まあ陰性対照になるんじゃないかな、程度のつもりでした。その2008年の論文は、IL-6による転写因子STAT3の過剰な活性化(リン酸化)が分化を阻害するというストーリーでした。

しかし目の前の顕微鏡像ではTNF + IL-6の方ではっきりと多核細胞が認められました。TRAP染色をしてみると、それらの細胞ははっきり染まります。

よく考えてみればRANKLによる破骨細胞分化を阻害するとは言っても、今回の実験系にはRANKLを加えていないのだから阻害するとは限りません。IL-4でもRANKLによる破骨細胞分化は阻害することが分かっているという意味では同列なのでした。つまりIL-6を陰性対照と考えたのは根拠の薄い推定でした。

それまで色々な液性因子を破骨細胞分化系にふりかけた論文が報告されており、マウスの細胞の場合はほとんどのケースで破骨細胞分化が阻害されるという結果でした。私自身、何を試してもTRAP陽性多核細胞はこれまでできませんでした。それがRANKL添加無しで本当にできてしまうとは・・・

 (M-CSFは生存因子としてどのウェルにも加えていましたが、それにプラスして) IL-6単独ではTRAP陽性にも多核にもなりません。TNF単独の場合は前回書いたようにTRAP陽性の単核細胞になります。ところがIL-6 + TNFにしたら突如として・魔法のように多核になるのです。 これは、(確か以前もこのコラムで取り上げたのですが)蔵本由紀博士が著書「非線形科学」の中で説明した「創発」(emergence)の典型的な例だと思います。線型の世界では2つの刺激を併せた結果はそれぞれの単独刺激の結果を併せたものになります。しかし非線形の世界では異なります。「複雑系」の世界、ここでは生物の世界では結果が足し算にならないことが多いのです。

 もちろん破骨細胞前駆細胞をM-CSFとRANKLで刺激したら破骨細胞になる、というのもそのような一例と言えます。しかし私はそれを教えてもらって知っただけであり、IL-6 + TNFの組み合わせは誰からも教わっていませんでした。そのために、ある種の深い満足感をおぼえることになりました。(前に書いた、NK細胞にIL-10とIL-18とをふりかけたらIFN-γを産生するようになった、というのもそういうemergenceの例かもしれません。なかなか結果が予想できないからこそ面白いと感じるのでしょう。)

佐藤 浩二郎

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