最近研究会などで色々なリウマチ・膠原病関連の教授の先生と話をする機会がありますが、研究に力を割くのが難しい、という話題になることが多々あります。一つには環境の大きな変化があると思います。どこの大学医学部でも病院での収益を上げることに最大限の努力を払う必要が出てきています。稼げない診療科のポストを減らすという恐ろしい話もあります。稼げるかどうかには保険点数が大きく関わりますので、診療科によっては最初から不利ということがありえます。

私が研修医だった頃はあまり収益のことを考えずに診療行為が行われており、赤字でも「まあいいか」という雰囲気だった気がします(それはそれでどうなのか、という話もありますが)。しかし今は全く違います。病院をあげて臨床に注力しています。しかしながら病院経営は赤字・・・みんなこんなに真面目にやっているのにどうして黒字化しないのか?素朴な疑問です。一つには大学病院で診療している患者さん、特に入院の場合は重症患者が多く、色々な処置や薬が必要になることがあると思います。入院の場合、病院に入る医療費の方は疾患名などから一律に決定されるので、それを越えた分は病院の持ち出し、つまり赤字になります。大学病院は「最後の砦」のような役割なので重症患者を断るわけにはなかなかいきません。赤字を避けるには相当難しい舵取りが必要でしょう。

しかし一方で、大学医学部には臨床の他に教育・研究という大きな役割があります。学生教育に割くエフォートは相当なものです。臨床に追われ、教育のデューティーも大きい、となると研究に費やす時間もエネルギーも残らなくても不思議はありません。文科省の資料では1週間の研究時間が5時間以内の助教は65%だそうです。記事には「深刻な状況」と書いてありましたがむしろ残りの35%は5時間以上研究に費やしているのか!?と驚いてしまいます。

来年度から働き方改革が本格的に実施されると、研究に割く時間が「自己研鑽」にしっかり分類されてしまうのでしょうか?その可能性は大いにあると思います。本来臨床・教育・研究は自分のできることを拡げるという意味で全て自己研鑽の要素があると思いますが、働き方改革で言われる自己研鑽は「自分で勝手にやっていることだから、金銭的にも評価はされませんよ」というようなニュアンスを感じます。非常にネガティブな意味合いを持つ言葉になっているのではないかと思います。

草の根の声を上げる方策を考える必要があると思いますが、問題がすぐに解決するとも思えません。アレルギー・リウマチ領域では治療法の発達が著しく、それを取り入れていく臨床的なやりがいは必ずあります。と同時に膠原病・類縁疾患は研究対象としても非常に興味深いものです。その面白さを後輩に伝える責任は大変大きなものがあります。

佐藤 浩二郎

私的免疫学ことはじめ (71)← Prev    Next →私的免疫学ことはじめ(73)