KOマウスは某社で作ってもらうだけでしたが、受精卵にガイドRNAとCas9を(発現ベクターの形で)導入してやる、するとガイドRNAが狙った部分に対する型紙、Cas9がハサミのように働いて、狙った部分のDNAを切断します。細胞には切断されたDNAをつなぐことのできる「修復機構」があるのですが、正確に修復された場合にはまた切断、という過程が繰り返され、その内に「間違った修復(=変異)」が起きてしまうことがあります。その場合、それ以上切断が繰り返されることはなく、変異が残ります。

このランダムに入った変異で、たとえば塩基が3の倍数ではないような挿入が起きれば、そこにコードされているタンパクはオリジナルとは似ても似つかぬものになります。

設計図たるDNAから、その写し(コピー)であるmRNAができ(転写)、それをもとにタンパク質が合成される(翻訳)という流れが分子生物学の「セントラル・ドグマ(中心教義)」と呼ばれるものです。そして遺伝子の暗号は塩基を文字(DNAならA, T, G, Cの4種、mRNAならA, U, G, C)として、3文字で一つのアミノ酸を意味するため、3の倍数ではないような挿入変異が起きると読み枠がズレて、全然違うアミノ酸配列(=全然違うタンパク)が作られます。おそらく、途中で「終止コドン」というタンパク合成を止めなさいという3文字(UAA, UGA かUAG)が出てきてしまうので、短い変異タンパクができることになるでしょう。つまり遺伝子が壊された、ということです。

いずれにしろ、従来のKOマウスの作り方よりはずっと簡単(なはず)です。実際、某社は半年くらいで多種類のKOマウス(=ファウンダー)を納入してくれました。その内の3種類の系統を解析に使うことにしました。

そもそもこのマウスを使って何を調べようとしているのか?一つは、Nfatc1の3つのアイソフォームの中で、破骨細胞分化で圧倒的に増えるshort formの重要性を示すことです。これは正直、実験しなくても分かることだと考えていました。前回も書きましたが、生体が意味もなくshort formをあれほど作る訳はない、と確信していました。しかし、ベースで発現している長いNfatc1, 中間の長さのNfatc1がどれくらい破骨細胞分化に寄与するのかは、今回のKO実験で初めて分かることです(他にも気になっていることはありましたが、それはまた後日書きます)。3種類の系統のマウスをそれぞれヘテロマウス(+/-)同士で交配します。理論的には1/2 x 1/2 = 1/4の確率でKOマウス(-/-)になるはずです。(致死的な変異でなければの話ですが。)

佐藤 浩二郎

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