そうこうしている内に、ヘテロマウス同士の交配で仔が産まれました。遺伝子型をタイピングすると、野生型:ヘテロマウス:ホモのKOマウスの比率が1:2:1です。メンデルの法則に従っているようでした。Nfatc1の遺伝子全体を壊してやるとKOマウスは産まれてこない(=胎性致死。胎生致死と書くことが多いようです)ことが分かっています。short formだけをKOしても産まれてくることができるようです。それにしても、外見上も全然変わってみえないようなのは不思議です。破骨細胞が無ければ大理石骨病になって、骨格の異常が出て来るのではないかと予想していました。しかしまあ、いつも通り大腿骨から骨髄血を採取して、破骨細胞の分化実験を行います。すると・・・

破骨細胞はモリモリ出来ている!?これは意外過ぎる結果でした。では破骨細胞分化の過程でshort formがあれだけ増えていたのは、ムダに増えていたということなのか?生体がそんなムダなことをするだろうか・・・。

 もちろん、そういう一見ムダなタンパクを作るような例はあります。かつて進化の過程では重要だったものの、その後重要性が乏しくなり、それでもなお作られるような分子はあります。たとえばCRP、これは我々が日常診療でもよく参考にするタンパクで、身体の中に炎症があるとすぐさま血清中に著増するタンパク(こういう一連のタンパクを「急性期タンパク」と呼びます)ですが、何をやっているのか実はそれほど判然としません。おそらくある種の細菌の活性を抑制(中和)するようなタンパクだと考えられています。マウスでは実はCRPはほとんど発現しておらず、感染しても増えてこないそうです。つまりマウスのCRPは急性期タンパクではありません。多分存在しなくてもそれほど困らないのでしょう。役割はともかく、ヒトでは速やかに著増するため、炎症の指標(炎症マーカー)として有用性があるのです。

 また、鎌状赤血球症という疾患があります。これは赤血球に重要なヘモグロビンの遺伝子の異常で、貧血を起こしやすくなるものですが、マラリアに罹患した時に抵抗性を示すというメリットもあるそうです。そのためにこの異常タンパクは進化の過程で淘汰されなかったと考えられているようです。実際この遺伝子変異を持っているのはマラリアの多いアフリカ系の人々に多いとのことです。マラリア自体が減り、治療法もある現代(と言っても最近でも治療抵抗性のマラリアが問題になっているようですが)、この鎌形赤血球症を来す遺伝子異常を持つメリットはほとんど無いように思います。

 破骨細胞分化におけるNfatc1 short formの役割もそのようなものかもしれない。T細胞では重要でも、破骨細胞分化には必須ではないのかもしれない、などと考えを巡らしましたが、その後更に意外な展開が待っていました。

佐藤 浩二郎

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