理研に送付したのは野生型の破骨細胞をサンプルとして抗Nfatc1抗体で免疫沈降し、電気泳動してクマシーブリリアントブルー染色を行った上でshort formに該当するバンドを切り出したものです。これを理研の方で、トリプシンあるいはキモトリプシンで消化しLC-MS/MS解析する、という段取りです。その結果分かったことは、これまで想定されていた翻訳開始点も、その次のATGも、どちらも翻訳開始点として機能しているということでした。つまり1種類のタンパクと思っていたNfatc1のshort formは2種類のタンパクだった、ということです。どちらの方が多いのかは、今回の質量分析では「分からない」ということでした。あくまでも定量的ではなく、定性的な解析のようです。

そういうわけで、最初の翻訳開始点を潰しても2番目のATGを翻訳開始点とするNfatc1ができてしまい、当初考えていたKOマウスにはなっていない、ということです。後悔しきりですが、時すでに遅し。一応論文の形にして提出してみましたがあえなく撃沈。そりゃあそうです。研究の目的が全然果たされていないわけですからね。私が査読者であってもリジェクトしたと思います。「結果がちゃんと出てから再挑戦して下さいね」というわけです。

 振り出しに戻ってしまったわけですが、ここでプロジェクトを中止してしまうと、経験値以外に何も得られるものがなかったということになります。愚直にもう一度やってみるしかありません(こういうのはギャンブルに嵌る人に見られる心理状態なのかもしれません。私はギャンブルに手を出さないほうが良いかもしれません・・・)。何と言っても、他の研究者が知らないことを知っている強みがあります。「1番目ではなく、2番目のATGを潰せば良い」のです(前向き過ぎる?)。2番目のATGに変異が入れば1番目のATGから翻訳されるタンパクも同時にできなくなるはずです。

 そこでまた同じ会社に連絡を取りました。ちょうど自治医大に異動した直後のことです。どうして同じようなKOマウスをまた作るのか、あまり理解してもらえなかったようでしたが、とにかく引き受けてはくれました。短時間の内に色々方法が進化しているようで、目的の部位にランダムな変異を入れるのではなく、終始コドンを挿入するストラテジーになっていました。作業は順調に進み、自治医大に新しい遺伝子改変マウスがやって来ました。いよいよ解析の始まりです!

佐藤 浩二郎

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