山口 博紀
臨床腫瘍科 消化器・一般外科 特命教授

東京大学 平成5年卒業

外科医にとってのがん薬物療法

明治の昔から、がんの治療を一手に担ってきたのは、言うまでもなく外科医でした。手術によってがんを根こそぎ取り除くことでがんという難病を治癒せしめることを外科医は普遍の目標としてきました。非治癒切除に終わった場合でも、また、再発・転移を来した場合でも、多くは執刀した外科医が主治医となり、抗がん剤治療や緩和的治療を最期までおこなってきました。日本において、外科医は消化器がんの確定診断から根治的治療、抗がん剤治療、緩和治療まですべてに関わってきたといっても過言ではありません。

さて、医学の進歩に伴う抗がん剤のここ30年の発展には目を見張るものがあります。1990年、固形がんに対して使用することが保険上認められていた薬剤はわずかに13種類でした。私が研修医のころは、抗がん剤治療といえば、入院して赤や青の点滴ボトルが下がり患者は吐き気で苦しんでいるか、本当に効果があるかどうか定かでない経口抗がん剤を外来で内服しているというのが実情でした。抗腫瘍効果や延命効果に関しても確たるエビデンスはなく、統一された投与法も確立されないまま、漫然と抗がん剤治療が行われていました。

現在、年々抗がん剤の種類は増え、100種類以上となりました。消化器癌においても、確かなエビデンスをもって有効といえる抗がん剤が多数現れました。切除不能再発大腸癌の治療成績は、1993年は生存期間中央値は5ヶ月であったものが、1998年の5FU LVの出現で1年を越え、2006年のオキサリプラチンと分子標的薬の出現で2年を越えるようになり、現在は、レゴラフェニブ(スチバーガ)などの新規薬剤も加わり3年に迫る勢いとなりました。胃癌に関しては、S-1 やシスプラチン、オキサリプラチン、パクリタキセル、イリノテカンといった従前の薬剤に加えて、ナブパクリタキセル(アブラキサン)、トリフルリジン・チピラシル塩酸塩(ロンサーフ)、分子標的薬のラムシルマブ(サイラムザ)、トラスツズマブ(ハーセプチン)とトラスツズマブ・デルクステカン(エンハーツ)が保険診療で認められるようになり、また免疫チェックポイント阻害剤のニボルマブ(オプジーボ)は、一次治療において殺細胞性抗がん薬との組み合わせで、三次治療において単剤で投与できるようになりました。生存期間中央値はS-1 シスプラチンの13ヶ月から、19ヶ月程度に延長しています。

再発や転移した切除不能のがんに対する延命治療だけではなく、それら手術困難ながんを抗がん剤治療によってできるだけ縮小させた後で根治切除に切り替えるconversion surgery も盛んに行われるようになりました。一昔前であれば外科医が切除をあきらめていた症例も、抗がん剤治療後に根治手術をトライする時代になりました。

抗がん剤による化学療法だけでなく、手術では腹腔鏡下手術や内視鏡手術、ロボット支援下手術など、根治性を損なうことなく、患者への負担がより軽くて済む、低侵襲手術が発展しました。放射線治療では、がん病巣だけを狙い撃ちにするIMRT放射線療法などの局所療法が進化し、さらに2021年からは、ペプチド受容体放射線各種治療であるPRRT療法(ルタテラ)が保険適応となりました。また痛みやつらさを和らげる緩和治療、抗がん剤投与による嘔気や好中球減少等の副作用を緩和させる支持療法も近年格段に進歩しました。これらの治療を組み合わせることで最大の治療効果を得るいわゆる集学的治療ががん治療の主流となっています。このようにがん診療は年々専門化し、内容が複雑で高度なものとなっています。

ここ数十年で、がんは不治の病という時代から、集学的治療により年の単位でがんと共存する時代へと変化しました。化学療法の分野においてこの劇的な時代の変化に適切に対応するためには、多くの種類の抗がん剤の中から適切な組み合わせを選択し、支持療法を併用して副作用をコントロールしながら、きめ細かな全身管理の下で十分安全に抗がん剤を使いこなす専門家の存在が必要です。また、患者や家族を年の単位という比較的長い間、精神面、社会面を含めた様々な側面からサポートするチーム医療も必要です。忙しい外科医が手術の合間に化学療法を行うのは少々難しい状況となってきました。

腫瘍科は抗がん剤治療を専門に扱う診療科として、がん治療の分業化にいち早く取り組んだ米国において数十年前に誕生しました。現在では米国においてはメジャーな内科系専門科の一つです。日本では前述したように固形癌に対する化学療法は外科医主導で行われてきた歴史から、化学療法を専門とする医師はまだまだ少ないのが現状です。

自治医科大学は、いち早く腫瘍科の必要性に着目し、2006年に臨床腫瘍科を開設し、臓器横断的にがんの薬物療法、集学的治療を行ってきました。特筆すべきは、開設以来、消化器一般移植外科と臨床腫瘍科がたいへん密接な関係を保ち、お互いに協力をしながら消化器癌の集学的治療を行ってきたことです。臨床腫瘍科の医師は、毎朝行われる、主に消化器がんを対象にした臓器横断的な外科手術カンファレンスに出席して、術前補助化学療法を行った症例、術後補助化学療法あるいは今後延命目的の化学療法が必要となる症例を中心にがんの集学的治療に関する意見交換を行っています。手術カンファレンス以外の場においても、転移再発した症例や非根治切除となった症例で化学療法が必要であれば、外科と腫瘍科の担当医師の間で十分なDiscussionが行われ、方針が決められています。また、腫瘍科において化学療法を行いながらも再発や転移病巣が進行し、腸閉塞や閉塞性黄疸など、入院しての処置や治療が必要な場合には外科の全面的な協力を得て個々のがん症例に対して継続的な診療を行っています。また、入院にての化学療法については腫瘍科による処方のもと、外科担当にて行われています。

臨床腫瘍科の研究面においては、40以上の多施設共同研究の臨床研究に参加し、また固形がんに対する治験も数多く行っています。

我が国の現状では、センター病院、一部の大学病院と大規模病院を除く多くの一般総合病院では、腫瘍専門医は存在せず、主に外科医が依然として消化器癌の化学療法を担当しています。そのため、一般病院に外科医として勤務する際には、抗がん剤治療の最新の知識と実践スキルが必須となります。自治医科大学では外科に所属しながら、臨床腫瘍科で行われている専門的ながん薬物療法の知識と最先端の知見を入院・外来診療にて学ぶことができます。このような環境は日本を探してもなかなか見つけることはできません。今後ますます発展していくOncologyの世界で、皆様と一緒にスキルアップできることを期待しています。

 

自治医科大学消化器一般移植外科への来局を心よりお待ちしております。