米国一般外科研修 臨床留学報告
横田 真一郎
弘前大学 平成19年卒業
2018年7月からアメリカピッツバーグにあるアレゲニー総合病院(Allegheny General Hospital)において、一般外科研修医としての生活を開始し、早5年が経とうとしています。私は2007年(平成19年)に弘前大学を卒業し、現在卒後16年目です。自治医科大学附属病院で初期研修を行い、消化器一般外科に入局し、卒後3年目は自治医大本院、卒後4年目は茨城県の常陸大宮病院で過ごしました。入局当時は将来自分がアメリカで一般外科研修を行う事になるとは全く想像していませんでした。後期研修中に胆道閉鎖症の小児患者さんの生体肝移植の手術に立ち会ってから、移植医療に興味を抱くようになりました。
2011年7月から4年間アメリカピッツバーグ大学外科のスターツル移植研究所(Thomas E. Starzl Transplantation Institute)に基礎研究留学をする機会を頂きました。ラット・マウスなどの肝移植モデルを用いて、虚血再潅流障害の新たなメカニズムを解明するという課題に取り組み、ピッツバーグでの研究成果をもとに学位を取得する事ができました。
帰国後、古河日赤病院、JCHOうつのみや病院で後期研修を継続し、外科専門医を取得しました。その頃自分の進む方向性を考えた時に、移植外科のトレーニングをアメリカで受け、将来的にはアメリカで移植医療の臨床・研究に関わりたいという気持ちが徐々に強くなっていきました。色々な方と相談した結果、アメリカの一般外科研修をまず行い、米国外科専門医の資格する方が、遠回りにはなるが将来的に米国でキャリアを積む上で有利となるだろうとの結論に達しました。米国外科専門医を取得する利点は、就職の可能性が格段に高まるのと、キャリアの途中で何らかの理由で他の病院に移る事になっても就職する際に制約がないという点です。幸いにも2018年3月に現在いる病院に正規外科レジデントとしてマッチし、2018年7月からアメリカでの外科研修を開始しました。開始当時は卒後11年目でした。
米国の外科レジデントの朝は早く、特に一年目のインターンの時には、朝4時頃には起床していました。4時半頃には出勤し、カルテで採血結果、バイタルサイン等をチェックして、5時半頃から夜勤チームから申し送りを受け、6時頃からチーフレジデント(各ローテーションの最上級レジデント4年目または5年目)と共にレジデントのチームとして回診を始めます。回診後、患者さんの様子をチーフレジデントが指導医に報告・方針を確認した後、ジュニアレジデント、インターンが病棟のオーダー、退院、カルテ書きなどを行います。7時半頃から手術が始まり、チーフレジデントは連日複数の手術に参加します。ジュニアレジデント(二年目、三年目)も手術に参加する機会が増えていきます。インターンは運がよければ手術に参加します。手術の合間に指導医とともに病棟の患者さんを回診するのですが、レジデントは病棟の患者さんの現在の全身状態に加え、退院に向けての様々な準備についても把握することが求められます。そして口頭のプレゼンテーションを簡潔に、要点をまとめて説明する能力も求められ、指導医に日々評価されます。ちなみに自分は高校・大学と米国で過ごしたので、臨床研修を開始する際に、幸い語学で大きな苦労する事はありませんでした。一通り業務が終われば、午後6時頃に夜勤チームに申し送りをして、帰宅しますので、1日12-14時間程度働く計算になります。週に1回は休みがもらえるようになっており、1週間の労働時間は4週間で平均して週80時間以内になるようにプログラムディレクターによって管理されています。
全米には260を超える一般外科研修プログラムがありますが、米国卒後医学教育認定評議会(日本専門医機構と同等の組織)によって事細かにプログラムとしての責務が規定されています。例えば、毎週3時間の臨床業務フリーの教育時間の確保、教育的な指導を指導医が病棟・手術室で行う事、指導医からレジデントへの評価を各ローテーション毎に記録する事、半年に一度複数の指導医による臨床能力評価会議を開き、レジデントが学年に応じた臨床能力を有するか評価する事、半年に一度レジデントと面談を行いフィードバックする事、また評価記録はレジデントがいつでも見られるようになっている事など、ここに挙げたのはごく一部に過ぎませんが、こういった事がプログラム管理側の責務として定められています。そして毎年一度米国卒後医学教育認定評議会が無記名のオンラインアンケートを各プログラムのレジデントから取ります。このアンケートによって、もし適切な教育環境が確保されていない、規定を守っていない、と判断がされた場合は改善命令がだされます。それでも改善がされない場合はプログラム自体が休止に追い込まれる事もあります。レジデントの有無は、病院の運営・収入に直接関わってくるため、プログラムディレクターとしてもレジデントからくみ上げられた不満や問題点を実際に改善し、プログラムをより魅力あるものにする努力が常に求められます。
レジデント側としても、各学年に応じた臨床能力の向上を求められる事に加え、毎年外科専門医試験の全国模試受ける事が必須となっています。この成績が全国下位35%に入ってしまうと、外科専門医の本試験で不合格になる確率が統計的に高い(との研究結果が出ている)ので、プログラムディレクターの判断によって、留年させられる場合もあります。日本における医学部の国家試験合格率と同様に、各プログラムの卒業生の外科専門医試験の初回合格率が毎年公表されるため、プログラム管理側としてもできるだけ合格率を上げたいという思いがあるのだと思います。
アメリカと日本の外科研修の大きな違いの一つは、手術経験数にあると思います。日本の場合は、初期研修2年に加え、後期研修を3-4年行い、通算5年以上の臨床経験の上、外科専門医取得に必要な最低手術件数は350例(自分の経験では約6年間で630例程度)と規定されています。アメリカの場合は最低5年間の臨床経験で最低手術件数は850例(自分の経験では5年間で1050例程度)と規定されています。自分が実際に経験した症例を考えても、アメリカのレジデントは日本の1.5-2倍の手術件数を経験する事になります。
何故アメリカの外科レジデントはこれほど多くの手術を経験できるのか。一つには外科レジデントの数を日本に比べ制限しているという点にあります。2018年の日本(人口1億2千万)の外科専門医受験者数は1000人、アメリカ(人口3億3千万)は1400人です。日本の研修医数をアメリカと同等の人口比にすると360人になりますので、アメリカの人口当たりのレジデント数が、日本に比べていかに少ないか分かるかと思います。
では何故レジデントの数を少なく制限できるのか。一つにレジデントの代わりに病棟や外来業務などを代行することができるPhysician AssistantやNurse Practitionerなどの他職種がいることが大きいと思います。また外科医の守備範囲が異なる事も一つの要因です。日本では外科医によって行われている業務が、アメリカでは他科や他職種によって行われています。例えば化学療法は腫瘍内科、緩和ケアは緩和ケア科(内科医)、透視下処置は放射線科、人工呼吸器管理は呼吸療法士が補助というように、アメリカの一般外科医の守備範囲は、日本に比べかなり狭く、手術以外で外科医がしなければならない業務量が日本に比べかなり少ないと思います。結果として外科指導医も外科レジデントも、手術と術後管理に集中できる環境になっています。
アメリカは国内で様々な問題を抱えています。違法薬物の使用、銃による外傷、高い心疾患・糖尿病の頻度や肥満率などの問題があり、結果的に日本に比べ外傷による死亡数が多く、また患者さんも概して健康状態が悪い人が多いという印象を受けました。GDP比での医療費が世界一位にもかかわらず、平均寿命は40位(世界保健機関 2022年)と日本(平均寿命1位)に比べかなりアメリカ人の寿命が短いのは、こういった様々な問題が要因なのだろうと思います。
ただ一般外科研修医の教育環境に限っていえば、かなり整っており、自分としても、多くの手術を経験し、かなり満足のいく外科研修を経験することができました。アメリカの医療環境に慣れ、外科医同士や他職種との役割分担や、コミュニケーションを学ぶことができたのは、今後移植外科フェローシップに進む上でも役に立つことは間違いないと思っています。
これまで、私が歩んできた道はあまり一般的ではありませんが、自分の進路について相談した時には、いつも医局・同門会の先輩方にサポートして頂いたと感謝しております。留学は日本とは異なる視点、作法、考え方を学ぶ貴重な機会で、人生の財産になると思います。留学に興味のある若手の先生方には、ぜひ気軽にお声をかけて頂ければと思います。
2023年8月からはカリフォルニアのスタンフォード大学にて2年間の移植外科フェローを開始する予定です。また別の機会に移植外科フェローの生活について御報告できればと思っています。