ハイデルベルク留学記

田口 昌延
旭川医科大学 平成15年卒

【はじめに】

ドイツHeidelberg(ハイデルベルク)にあるDepartment of General, Visceral and Transplantation Surgery, University of Heidelbergへ1年間の留学をしました。ハイデルベルクはとても美しい街であり、非常に多くのことを学ぶことができました。

ネッカー川とハイデルベルク城

【留学まで】私は2003年に旭川医科大学を卒業し、研修医として自治医科大学附属病院で勤務を開始しました。心臓血管外科を2年半経験し、2008年に消化器一般外科へ入局しました。たくさんの手術を経験しましたが、なかでも膵臓手術は、自分にとって一番興味深いものになりました。2012年から自治医科大学大学院博士課程へ入学し、4年間の基礎研究を行いました。このときに英語に触れる機会が増え、世界に目を向けるようになりました。折しも他大学のホームページで、ドイツ留学報告を見つけました。そこでハイデルベルク大学病院が、当時年間600件の膵臓手術をこなすHigh volume centerであることを知りました。自治医大で自分が経験する膵臓手術の例数に比べると、ハイデルベルクの手術数は驚異的でした。またここは手術だけでなく、非常に多くの研究を行っている世界屈指の施設であることを知りました。医局にとって新規の場所でしたので、まずは見てくることになり、2017年3月にハイデルベルクへ行き、病院を見学してきました。スタッフに丁寧に案内していただき、病院、手術と街の雰囲気に触れ、すぐに私の気持ちは決まりました。

 

【準備】

ドイツにおける外国人医師は、医師活動許可がない限り患者の治療に関わることはできません。医師活動許可を得るためには高いレベルのドイツ語試験に合格する必要があります。さらに、ハイデルベルク大学病院は、主に教授クラスが術者を担当します。私の留学は1年にしたこと、この施設では見学や助手としての参加でも十分に手術を学べると判断したことから、医師活動許可は取得しませんでした。

ハイデルベルク大学病院 Surgical Clinic

 

【手術】

2018年9月から仕事を開始しました。ハイデルベルクでは現在、年間700例以上の膵臓手術を行っています。さらに肝切除、肝移植、大腸切除、胃切除、食道切除も行っています。またロボット支援による膵臓手術も積極的に行っていました。助手として参加する、あるいは立ち会うことで手術を学んできました。

膵頭十二指腸切除術は1935年にAllen O. Whippleが論文発表し、その後広く知られるようになった術式です。こちらの外科医はこの術式をWhippleと呼んでいます。Whippleは早いものだと、皮膚切開から閉創まで3~4時間で終了します。手術は場が滞らず、テンポよく進むので、集中力を持続して見ることができました。こちらではバイポーラー(ドイツErbe社)を使って術者が一人で剥離、切開、止血を行います。また術者が細かい血管をクリップでとめていくので、助手が糸を縛ることはありません。このバイポーラーとクリップが手術時間短縮の秘訣と考えます。病院責任者であるProf. Markus W. Büchlerの手術もよく見てきました。彼は世界的に有名な外科医であり、非常に高難度な手術をこなします。メインの部分を自ら執刀し、手術室を渡り歩いて同時進行の手術を次々にこなしていきます。厳格な人ですが、スタッフやVisitorに優しく、「この手技を自分の国に持ち帰れ」が口癖です。術衣を脱ぐとスクラブが汗びっしょりとなっていて、いつも足早に過ぎ去っていき、エネルギーに溢れていました。

スケッチノート


1年間で膵切除 107例、その他 78例の手術に参加することができました。毎日の手術記録を書き、重要な手技はノートにスケッチをしておきました。世界各国の外科医が手術を見学に来ていました。彼らと交流することも、楽しみの一つでした。 ハイデルベルクは手術に関する数多くのランダム化比較試験を、多施設あるいは単施設で行っており、その結果に基づいた治療方針が現場で活きています。しかしながら注意すべきことは、数%の死亡率があることです。これは挑戦的な症例が多いためかもしれませんが、もしここで学んだことを自施設で応用するならば、慎重に進めるべきと考えています。

 膵臓は腹部の中心に位置しており、多くの臓器と重要血管に囲まれています。膵臓手術を理解することは、腹部手術の全体を理解することに通じます。外科医はヒトの身体を実際に見て、解剖を理解しなくてはなりません。さらに身体の構造は一人一人で異なるので、多種多様な症例を見ておくことが必要です。私は100例を超す膵臓手術を短期間に集中して見ることで、腹部臓器の解剖を深く理解することができました。この点も留学の大きな収穫だと思っています。

 

【論文を読む】

手術をみていると多くの疑問が湧いてきます。それを解決するために、多くの膵臓手術に関連する論文を読みました。毎日触れている分野であるし、ハイデルベルクから刺激されたこともあり、論文の内容が今まで以上に興味深く感じました。1年間で100本以上の英語論文を通読することができました。

Prof. Markus W. Büchlerと

 

【ハイデルベルクでの生活】

一概には言えませんが、ドイツの人々は朝早く出勤し、夕方になる前に帰り、家族や友人と一緒に過ごすようです。実際に日中の公園では、父親と母親が子供と遊んでいる姿、人々が集まってサッカーやビーチバレーをする姿、日光浴や読書をする姿をよく見かけました。あまり物質的なものを求めず、自然の中でのんびり楽しむといった感じです。コンビニエンスストアは無く、日曜日はレストラン以外のお店は閉まっています。ところで、ドイツでは個人の判断力と決断力が強く求められます。さらに、その行動に責任を持つことが重要視されます。一方で、迷惑と思われない限り、個人の生き方や行動はあまり干渉されない印象でした。ハイデルベルクは人口150,000人、労働者の70%が知的産業・ハイテク産業に勤務し、労働者の40%がdegreeを持っています。さらに、ドイツ最古の大学であるルプレヒト・カール大学ハイデルベルク(1386年創立)を有し、学生が39,000人も住んでいる若く活気ある街です。市の中心にはネッカー川が流れており、カール・テオドール橋を渡り、旧市街を抜けると、街のシンボルであるハイデルベルク城がそびえ立ちます。市の面積の70%が緑で覆われる自然豊かな街で、毎年1190万人の観光客が訪れます。市内はコンパクトにまとまっており、トラムやバスが発達し移動に不自由はありません。街並みはとても綺麗で清潔です。また治安がよく、私は1年間で危険な目にあうことはありませんでした。

 

【ドイツ】

ドイツ人は真面目で寡黙、勤勉で技術力と研究力に優れています。ドイツのGDP(国内総生産)は日本に次ぐ世界第4位、人口約8300万人(日本は約1億2600万人)、面積35.7万平方キロメートル(日本の約94%)、戦後不屈の精神で国を立て直し、現在は欧州のリーダーとなりました。自然豊かで、鉄道、道路は十分に整っています。以上の点、わが国日本ととても似ていると思いました。

 

Prof. Thilo Hackertと

 

【おわりに】

ハイデルベルクで学んだことは、日々の臨床に役立てていきたいと思います。さらに自分の留学経験を、少しでも多くの人に還元したいと思います。ドイツはビザなしで90日以内の短期滞在が可能です。ハイデルベルク大学はゲストハウスを完備しており、英語も通じるので、滞在するのに良い環境です。興味のある方は、短期でもいいので、手術を学んでくるというのはいかがでしょうか。きっと、大きな刺激を受けることができます。

 

ハイデルベルクという街を楽しみ、異文化に触れ、ついでにドイツ国内や近隣諸国を見てきてください。相談があればいつでも乗りますので、気軽に声をかけてください。