はじめに

便失禁や便秘といった排便障害は,生命には関わりませんが生活の質を大きく損なうため,その症状・程度・原因に応じて適切に治療する必要があります.排便機能外来では,便失禁や便秘などの排便障害に悩む患者さんを専門的に診療します.

 

便失禁

便失禁といっても,トイレまで間に合わずに便が漏れる症状(切迫性便失禁)だけでなく,知らないうちに便が漏れている症状(漏出性便失禁)もあります.2017年3月に本邦初の便失禁診療ガイドラインが発行され,当科でも,そのガイドラインに従って診療しています.便失禁の専門的診療としては,直腸肛門内圧検査や肛門管超音波検査などの検査や,骨盤底筋訓練を有効に指導するバイオフィードバック療法,脊髄障害が原因の難治性排便障害に対する経肛門的洗腸療法や2014年4月に保険収載された仙骨神経刺激療法などの治療があります.

 

便秘

便秘は,「本来体外に排出すべき糞便を十分量かつ快適に排出できない状態」と定義され,「便秘症」とは,便秘による症状が現れ,検査や治療を必要とする状態です.その症状として,排便回数が少ないことによる腹部膨満感や腹痛(排便回数減少型便秘)だけでなく,直腸にある便をうまく出せないことによる排便困難感や残便感(排便困難型便秘)もあります.2017年10月に本邦初の慢性便秘症診療ガイドラインが発行され,当科でも,そのガイドラインに従って診療しています.便秘の専門的診療としては,排便困難型便秘症に対する排便造影検査などの検査や,怒責した時に肛門を締めてしまう骨盤底筋協調運動障害に対するバイオフィードバック療法や直腸瘤に対する直腸瘤修復術などの治療があります.

 

専門的検査

■ 便失禁

まずは初期保存的療法を行いますが,それでも症状が十分に改善しない場合は下記の専門的 検査を行い,便失禁の原因を診断したうえで,専門的な治療を行います.

1) 直腸肛門内圧検査
2) 直腸バルーン感覚検査
3) 肛門管超音波検査

 

1) 直腸肛門内圧検査

直腸肛門内圧計を使用して肛門括約筋の収縮力を評価します.

 

2) 直腸バルーン感覚検査

直腸に留置したバルーンを空気で膨らませて直腸の感覚を調べます.

 

3) 肛門管超音波検査

内外肛門括約筋を超音波で視覚的に確認し,括約筋の厚みや損傷の有無を評価します.

■ 便秘

まずは症状のみで排便回数減少型と排便困難型を分類して初期診療を行います.それでも症状 が十分に改善しない場合は,専門的検査を行い,便秘の病態を把握したうえで,専門的な治療 を行います.

1) 大腸通過時間検査
2) 排便造影検査

 

1) 大腸通過時間検査

X線不透過マーカー(SITZMARKS®等)を使用して,大腸における糞便輸送能を評価します.
ただしSITZMARKS®は,薬事認証も保険収載もされていません.

当院では,必要と判断された方に のみ,未承認新規医薬品として使 用許可を得た後に行います.

現在,臨床研究の範囲内で実施可能です.最後にある「受診の注意点・受診方法」の欄をご覧ください.なお,検査の必要性があるかないかに関しては医師が判断いたします.

 

2) 排便造影検査

肛門から疑似便としての造影剤を直腸内に注入した後,透視台上のポータブル便器に座り,実 際の排便と同じように疑似便を排出します.安静時,肛門収縮時,疑似便排出時のX線撮影を 側面から行い,排便時の肛門の動きや形態を確認します.

 

専門的治療

初期保存的療法として食事・生活・排便習慣指導,薬物療法を行います.それでも症状が十分 に改善しない場合,検査結果に基づき,必要と判断した専門的治療を行います.

■ 便失禁

① 専門的保存療法 : バイオフィードバック療法 (火曜日 午後)

肛門内に挿入した筋電計で,患者さん自身が,肛門括約筋の収縮・弛緩状態を視覚的に認識 することで,骨盤底筋訓練を有効に行う治療法です.1カ月に1回通院し,期間は約半年が目安 です.

 

 

② 外科治療

1) 仙骨神経刺激療法
2) 肛門括約筋形成術
3) ストーマ造設術

 

1) 仙骨神経刺激療法

仙骨神経を電気的に刺激することによって便失禁の改善を目的とする治療法です.仙骨神経刺 激療法は2段階に分かれています.

① 試験刺激のためのリード植込み術

② 効果があった場合の神経刺激装置植込み術 または 効果がなかった場合のリード抜去術

 

仙骨神経刺激療法について詳しく知りたい方
「おしりの健康.jp」 http://oshiri-kenko.jp/ をご覧ください。
全国の治療が受けられる病院が掲載されています

2) 肛門括約筋形成術

分娩時括約筋損傷など括約筋損傷を認める時に行います.症状の改善率は,手術後1年で80%, 5年で50%程度です.

3) ストーマ造設術

便失禁の最終的で根本的な治療法です.しかし,決して便失禁治療の失敗の結果として受ける ものではなく,あくまで治療法の選択肢の一つで,人工肛門を心理的に受け入れられる方にと っては,極めて有用な治療法です.

■ 便秘

多数の新規便秘治療薬が利用可能となり,より多くの便秘症患者さんを薬物で治療できるよう になりました.当外来でも,排便日誌や問診票を使用して,薬物による保存的治療を主体とし ています.

① 専門的保存療法 : バイオフィードバック療法・バルーン排出訓練 (火曜日 午後)

排便造影検査で,排便困難・残便感の原因が,機能性便排出障害と診断された方に対して行い ます.

肛門内に挿入した筋電計で,患者さん自身が,肛門括約筋の収縮・弛緩状態を視覚的に認識す ることで,肛門挙筋や肛門括約筋等の排便関連筋群や腹筋群を良好にコントロールできるよう に訓練します.またバルーン排出訓練では,バルーンが降りてくる感覚を排便の感覚として認 識し,症状の改善を目指します.1カ月に1回通院し,約半年の期間で訓練します.

 


■ 脊髄障害による難治性排便機能障害の方

薬物療法や排便習慣訓練など,保存的治療でコントロールがつかない場合.

<経肛門的洗腸療法>

経肛門的に直腸にカテーテルを挿入し,1~2日に1回,300~1000mLの微温湯を経肛門的 に直腸に注入することにより,直腸から下行結腸の便を排出する排便管理法です.

脊髄の病気が原因で排便のお悩みがある方 
スッキリ排便. jp 」 https://www.sukkirihaiben.jp/に情報があります。
どうぞご覧ください

 

■ 直腸手術後の排便機能障害の方

 直腸手術を受けた後に起こる頻回便や便失禁,排便困難などの排便障害に対しても治療を行っています.薬物療法で効果がない場合,仙骨神経刺激療法や経肛門的洗腸療法(臨床研究)も治療の選択肢となります。それでも効果がない場合は,人工肛門造設術も治療の適応となります.

手術後の排便障害に関する情報共有サイト

直腸がん術後の排便障害 With LARS (lars-navi.com) https://lars-navi.com/
どうぞご覧ください

 

 

 

■ 直腸脱

便失禁の原因の一つです.直腸脱を認めた場合は,手術が適応です.当科では,侵襲度の低い, 経肛門的直腸脱修復術(Delorme法)を優先して行っていますが,再発例など症例によ っては腹腔鏡下直腸縫合固定術も行います.

■ 直腸瘤

排便困難や残便感を訴える方に排便造影検査を行い,直腸瘤を認めた場合に手術を検討します.当科では,経会陰的直腸瘤修復術を行っています.

 

 

臨床研究


■ 現在進行中の臨床研究

1,慢性便秘症に対するミヤBM®錠の効果と腸内細菌叢に与える影響に関する検討

実施体制:ミヤリサン製薬株式会社との共同研究

対象者:20歳以上、慢性便秘症の方

研究内容:ミヤBM®錠を約1ヵ月間内服して,便秘症状と腸内細菌叢の変化を調べる

研究期間:2020年3月16日~2023年12月31日まで登録期間

 

2,大腸通過時間検査の有用性と安全性についての検討

実施体制:当院(単施設)による前向き観察研究

対象者:20歳以上、慢性便秘症の方(対象者に関しては診療後に判断)

研究内容:慢性便秘症患者に対しSITZMARKS®を用いた大腸通過検査を行い,その安全性と有用性を評価する

研究期間:2022年2月21日~2024年12月31日まで登録期間

 

3,直腸手術後の難治性排便障害に対するコーンカテーテルによる経肛門的洗腸療法の有効性と安全性に関する研究

実施体制:当院(単施設)による前向き観察研究

対象者:18歳以上,直腸手術後(直腸切除後,Hirschsprung病,鎖肛術後)の難治性排便障害の方

研究内容:直腸手術後の難治性排便障害患者に対し,コーンカテーテルを用いた経肛門洗腸療法を10週間実施し,その有効性と安全性を評価する

対象者数:10名

登録期間:2022年11月25日~2023年12月31日

 

臨床研究への参加をご希望の方は,排便機能外来にご相談ください.

受診方法は “受診の注意点と受診方法” の欄をご参照ください.

 

■ 終了した臨床研究

1,直腸切除術後の排便機能障害に関する調査
  実施体制:郵送によるアンケート調査
  対象者:2014年1月1日~2019年12月31日
  上記期間内に当院で肛門温存手術を受けた方
  研究期間:2020年9月24日~2021年12月31日

 

2,便失禁に対するBiofeedback療法の前向き多施設共同臨床研究
   実施体制:亀田総合病院を主管とする多施設共同研究
   対象者:20歳以上、便失禁の方(薬物療法で十分な改善がなかった場合)
   研究期間:2021年3月3日~2021年5月31日まで登録期間

 

治験について

現在、下記の治験が進行しています。

「便失禁患者に対する骨格筋由来細胞移植療法

 :第III相無作為化、プラセボ対照、二重盲検2群間比較臨床試験」

※治験について知りたい方、治験参加ご希望の方は下記ホームページ内のアンケートにお答えください。

便失禁でお悩みの方 

治験参加者募集ページ:https://www.asbo.co.jp/lp23fi1as/

 

 

※尚、治験について知りたい方は下記ポスター内の連絡先へご連絡下さい。

便失禁でお困りの方へ2

診療実績(2022/1/1~2022/12/31)

初診患者:149例(男/女:69 / 80)
平均年齢:56歳(9~89歳)

受診の注意点と受診方法

快食・快眠・快便が,快適に生活する上での基本ですが,超高齢化社会の日本においては,「より長く生きる」ための医療のみならず,排便機能という生活の質を改善・維持することによって「より良く生きる」医療も益々重要になります.排便障害でお困りの方は,排便機能外来にご相談ください.

排便機能外来は火曜日の午前中で,完全予約制となっております.

電話: 0285-44-2111 (自治医大附属病院 代表番号)から

“消化器外科外来 受付” へご連絡いただき,ご予約をお取りください.

 

担当医師

味村 俊樹(教授)
本間 祐子(病院助教)