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[医学部]心臓ペースメーカーチャネルにおける細胞外塩橋ネットワークの機能とその破綻による疾患発症機構
研究情報
心拍や神経活動などのリズム制御に重要な役割を果たすHCNチャネル(Hyperpolarization-activated Cyclic Nucleotide-gated channel)は、過分極によって活性化されるユニークな性質を持つ電位依存性チャネルであり、その異常は徐脈やてんかんなどの疾患と関連しています。したがって、HCNチャネルの開閉メカニズムを解明することは、これらの疾患メカニズムを理解することに役立ちます。
今回、医学部生理学講座統合生理学部門の大学院博士課程劉嘉瑩、糟谷豪講師、中條浩一教授の研究グループは、クライオ電子顕微鏡による構造情報を基に、HCN4チャネルの電位センサーを構成するS4の細胞外側に形成される塩橋ネットワークが開閉制御に重要であることを明らかにしました。この中には、変異が徐脈や洞不全症候群を引き起こすアミノ酸残基が含まれており、塩橋ネットワークの破綻が疾患を引き起こす可能性を示唆しています。
研究グループは電荷反転変異体および二重システイン変異体を用いた機能解析により、S4細胞外領域の正電荷残基が、S5セグメントおよびS1-S2リンカーの負電荷残基と段階的に塩橋を形成することで、電位依存性ゲーティングに寄与することを明らかにしました。さらに、蛍光分子を用いた構造変化解析により、この塩橋ネットワークがS4の動態に直接影響を与えることを確認しました。特に、R375は塩橋形成の中心的な役割を担っており、変異によって塩橋形成が破綻すると、S4の滑らかな移動が妨げられることでチャネルが開きにくくなることが示されました。ヒトのR375C変異などでは、これにより徐脈性不整脈を引き起こすと考えられます。
これらの成果は、HCNチャネルの分子機構に新たな視点を提供するとともに、細胞外領域の塩橋形成の異常が心疾患の発症メカニズムであることを示しました。今後、この領域を標的とした治療法に繋がる可能性があります。
研究成果は、米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS))に2025年9月11日付でオンライン掲載されました。
(A) クライオ電子顕微鏡によるヒトHCN4チャネルの閉状態構造(PDB: 6GYO)。細胞外側に存在する電位センサードメイン中の正電荷アミノ酸残基(R378およびK381)が、同じ電位センサードメイン内とポアドメインに存在する負電荷アミノ酸残基(D444およびE290)と塩橋を形成している。
(B) HCNチャネルには「閉状態(Close)」、「中間閉状態(Intermediate Closed)」、「開状態(Open)」の3つの状態があり、膜電位変化に伴ってチャネルが段階的に開く。R375やR378に変異が生じると、塩橋ネットワークが破綻し、S4の滑らかな移動が妨げられることでチャネルの開閉機構に異常が生じ、徐脈や洞不全症候群などの疾患につながる可能性がある。
論文情報
論文名:Extracellular salt bridge networks around S4 implicated in HCN channel gating and heart disease
著者:Kaei Ryu, Go Kasuya, Koichi Nakajo
DOI: 10.1073/pnas.2502136122