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[医学部]自閉スペクトラム症における他者視点取得の難しさに関するメカニズムの一端を解明

研究情報

1.研究概要

 私たちは同じ景色を見ていても、自分が見ている景色と他人が見ている景色は異なることを容易に理解することができます。この能力は「他者視点取得能力」として知られており、社会的コミュニケーションにおいて重要な能力の一つであるとされています。

 一方、社会的コミュニケーションに困難を抱えるとされる自閉スペクトラム症児は「他者視点取得」が不得手であることがこれまでの研究で報告されているものの、なぜ不得手であるかについては未だ結論が出ていないのが現状です。これまでの「他者視点取得」に関する研究は、例えば物体と人形を提示し、人形の位置からどのように物体が見えるかを回答させる課題などが主として用いられてきました。このため、他者視点の理解が不得手であることは明らかにすることはできても、どのような方略に基づいて他者視点を計算するかについて十分明らかにされていません。

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院情報学研究科(研究当時:自治医科大学)の平井 真洋 准教授、立命館大学理工学部(研究当時:自治医科大学)の櫻田 武 助教、国立大学法人筑波大学システム情報系の井澤 淳 准教授、自治医科大学小児科学の池田 尚広 講師、門田 行史 准教授及び山形 崇倫 教授、国際医療福祉リハビリテーションセンターの下泉 秀夫 教授からなる研究チームは、 これまでの「他者視点取得」課題とは異なる、「他者視点の映像」を明示的に提示する課題を新たに開発し、他者視点映像がお子さんの行動(腕のリーチング運動)にどのような影響が生じるかを検討しました。

 調査では、お子さんの右隣に置いたビデオカメラの映像をヘッドマウントディスプレイ経由で提示しました。つまり、お子さん自身が別の視点から自分自身を見下ろしているような状況を作りました(図A)。このような状況下では、お子さんの正面に提示されたターゲット(ピンク丸で表示)は(図B)、ビデオカメラを経由すると右側に提示されます(図C)。もしお子さんのリーチング運動が他者の視点映像に影響を受けるとすると、右側に引きずられて手を伸ばすことが考えられます。一方、他者視点映像の影響を受けにくいとすると、リーチング運動が右側へ引きずられる可能性が低いと考えられます。

【図A】視点変換課題。お子さんの右側に置いたビデオカメラの映像をヘッドマウントディスプレイ越しに提示する(自分自身を離れて外から見下ろす映像を見る)。ベースライン課題とは異なり、指先の位置を表す青い丸は最初のみ提示され、リーチング運動中は表示されない。したがって、参加者は自分の指先の位置を想像しながらターゲットに向かって手を伸ばす必要がある。【図B】もしターゲットがお子さんの正面にターゲットが提示されると、【図C】ヘッドマウントディスプレイ上では右側にターゲットが現れる状況となる。もし他者視点映像情報に引きずられるとすると、腕を伸ばす方向が右側にシフトすることが想定される。一方、他者視点映像に影響を受けないとすると、正確にリーチングすることが可能であることが想定される。

結果、定型発達児は、ヘッドマウントディスプレイに提示された他者視点の映像に引きずられて、腕を伸ばす方向がカメラ方向に引き寄せられました(図4)。一方、自閉スペクトラム症児は、定型発達児で見られたような右方向へのひきずられは少なく、視点が変換されても(他者視点映像が提示されても)正確にターゲットに手を伸ばすことができたことがわかりました(図D)。すなわち、自閉スペクトラム症児は、定型発達児よりも自身の身体感覚の手がかりを利用してターゲットへリーチングした可能性が考えられます。

【図D】 視点変換課題時のリーチング課題成績。定型発達児はヘッドマウントディスプレイ越しに提示された他者視点映像に引きずられた。一方、自閉スペクトラム症児は他者視点映像の影響は小さく、他者視点を見続けているにもかかわらず正確にターゲットへ腕を伸ばすことができた。

本研究により、定型発達児はリーチング運動が他者視点映像の情報に影響されやすい一方、自閉スペクトラム症児はリーチング運動が他者の視点映像に影響を受けにくく、自己身体の情報に基づきリーチング運動を行う可能性が示されました。本研究成果は、自閉スペクトラム症児の他者視点取得の困難さの背景には、自己の身体感覚への偏りが原因の一つとしてあるかもしれません。本研究成果は、自閉スペクトラム症児が感じている世界の理解、認知の特性の理解に繋がる可能性があります。今後はさらに研究を進め、療育などの支援に繋がる研究へと発展させていきたいと考えています。

 本研究成果は、2021年8月5日18時(日本時間)付国際雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。

 本研究は日本学術振興会科研費・挑戦的萌芽研究「他者視点取得養成ギブスの構築とその応用」、基盤研究B「社会的認知発達における遺伝環境要因の解明:日英ウィリアムス症候群・自閉症比較研究」、新学術領域研究構成論的発達科学-胎児からの発達原理の解明に基づく発達障害のシステム的理解「身体に根ざした他者視点取得能力の神経機構とその障害」の支援のもとで行われたものです。

2.論文名

Greater Reliance on Proprioceptive Information During a Reaching Task with Perspective Manipulation Among Children with Autism Spectrum Disorders

3.著者

Masahiro Hirai(a),(b),(c),(※) Takeshi Sakurada(d),(e),(※), Jun Izawa(f), Takahiro Ikeda(c), Yukifumi Monden(c),(g), Hideo Shimoizumi(h), Takanori Yamagata(c)

(a) Department of Cognitive and Psychological Sciences, Graduate School of Informatics, Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya 464-8601, Japan
(b) Center for Development of Advanced Medical Technology, Jichi Medical University, 3311-1 Yakushiji, Shimotsuke, Tochigi 329-0392, Japan
(c) Department of Pediatrics, Jichi Medical University, 3311-1 Yakushiji, Shimotsuke, Tochigi 329-0392, Japan
(d) Department of Robotics, College of Science and Engineering, Ritsumeikan University, 1-1-1, Noji-Higashi, Kusatsu, Shiga 525-8577, Japan
(e) Department of Neurosurgery, Jichi Medical University, 3311-1 Yakushiji, Shimotsuke, Tochigi 329-0392, Japan
(f) Faculty of Engineering, Information and Systems, University of Tsukuba, 1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki 305-8573, Japan
(g) International University of Health and Welfare Hospital, 537-3 Iguchi, Nasushiobara, Tochigi 329-2763, Japan
(h) International University of Health and Welfare Rehabilitation Center, Nasu Institute for Developmental Disabilities, 2600-7 Kitakanamaru, Otawara, Tochigi 324-0011, Japan
(※) Equally contributed to this work.

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