医学部 School of news

ニュース&トピックス

News & Topics

[大学]移植適応の原発性骨髄線維症に、新たな治療戦略を

研究情報

 予後不良因子を持つ原発性骨髄線維症(PMF)の患者さんには、診断後速やかに同種造血幹細胞移植を行うことが推奨されています。確かに移植は長期生存や完治も期待できる治療法ですが、合併症に伴う移植関連死亡(TRM)が多いことも知られており、移植後早期に死亡してしまうリスクが懸念されます。
 本邦では2014年以降、ヤヌスキナーゼ阻害薬のルキソリチニブ(RUXO)がPMFに対して使用できるようになりました。RUXOにより完治にはいたることはないものの、PMFによる脾腫などの症状が改善し、quality of life (QOL)が改善することが報告されてきました。最近では、症状の改善だけでなく、RUXOの投与によって全生存率が改善することも示されました。
 そうなると、移植適応のPMFに対して、完治を期待して速やかに移植を行うのが本当に良いのか、初めにRUXOを投与して、治療抵抗性となってから移植を検討する方が良いのかもしれないという疑問が浮かびます。これは日常診療を行っている血液内科医の多くが抱えている疑問だと思います。
 この疑問を明らかにするための臨床試験が行えれば良いのですが、PMFは希少疾患のため、現実的には困難と考えられます。このような場合に用いられるのが臨床決断分析という統計手法です。臨床決断分析では、これまでに報告されてきた様々なデータを統合して、患者さんの臨床経過をコンピューター上でシミュレーションし、どのような決断をするのが良いのかを比較検討します。

 自治医科大学総合医学第1講座(血液科)大学院生の岡田陽介、分子病態治療研究センター領域融合治療研究部 教授の仲宗根秀樹、自治医科大学総合医学1(血液科) 教授の神田善伸を中心とした研究チームは、臨床決断分析の手法を用いて、RUXOが使えるようになった現在における、移植適応PMFの最適な治療戦略を検討しました。

 PMFの診断後、A. 速やかに移植する方針と、B. 初めにRUXOを投与し、無効になった後に移植をする方針について、生存年(単純に何年生きたか; LYs)と質調整生存年(QOLを考慮した生存年; QALYs)の観点で、治療方針決定から5年間の経過を比較しました。またTRMは年齢が60歳以上の患者さんで特に高いことが知られているため、年齢を60歳未満と60歳以上のサブグループに分けた検討も行いました。

 LYsは、患者さんの年齢によらずB(RUXO後移植)の方針が一貫して良好でした(全体: A 3.22年 vs. B 3.96年, 60歳未満: A 3.39年 vs. B 4.04年, 60歳以上: A 2.93年 vs. B 3.88年)。QALYsについても、患者さん全体としてはB(RUXO後移植)の方針が良好でしたが(A 2.19 vs. B 2.26)、移植後の合併症である慢性移植片対宿主病が生じない場合などでは逆転が起こり、A(早め移植)の方針が良好になる可能性を認めました。これは移植後合併症によってQOLが低下することを踏まえた結果となります。
 QALYsについて年齢別に見てみると、60歳未満の患者さんではA(早め移植)とB(RUXO後移植)の治療方針は同等であった一方で(A 2.31 vs. B 2.31)、60歳以上の患者さんではB(RUXO後移植)の方針が大きく勝っており(A 1.98 vs. B 2.21)、A(早め移植)の方針が逆転することはほとんどありませんでした。モンテロルロ・シミュレーションを用いて、予測の不確実性を含めた分析も行いましたが、同様の傾向が確認できました。

 本研究の結果は、予後不良因子を持つPMFを診断した後、速やかに移植をするという現在推奨されている治療方針よりも、特に60歳以上の高齢者や適切なドナーが得られない場合には、初めにRUXOを投与する方が予後良好である可能性を示しています。移植を行うかの選択を迫られるPMF患者さんの、治療選択の一助になることが期待されます。

 この成果は、英文科学雑誌のHaematologicaに掲載されました。

DOI: 10.3324/haematol.2024.285256.