医学部 School of Medicine

医学部

School of Medicine

インタビュー

(2022年度 取材)

医師として発見した地域医療の課題に病院長として挑む

藤森勝也

あがの市民病院

病院長藤森勝也 

1985年、自治医科大学卒業。新潟大学医学部附属病院、新潟県立中央病院で研修後、内科医として県立病院に勤務。義務年限中および終了後、各地で内科医長、内科部長、副院長を歴任。2007年、県立柿崎病院院長を経て、2017年より現職。

病棟の入院患者に季節感あるプレゼント

 クリスマスに近い日の午後、あがの市民病院にサンタがやって来た。真っ赤な衣装と白いヒゲを身に付けた藤森勝也病院長が、トナカイに扮した若手医師や看護師を伴って病棟をまわる「クリスマスサンタ回診」。「メリークリスマス」と声をかけながら入院患者に手渡すクリスマスカードは、看護師と職員が総出で作成した。そこには「早く元気になってくださいね」といったメッセージが書かれている。BGMとして、看護師がハンドベルで奏でる「きよしこの夜」が流れていた。

 「季節の変化を感じにくい入院生活であっても、患者さんに少しでも年末の訪れを感じてほしい」と、病院長に就任した2017年に始め、以来同病院の恒例行事となった。ちなみに真っ赤な衣装と白いヒゲは、藤森氏の私物だという。サンタクロースのコスチューム一式を所有する病院長は、全国を探してもそう多くはないだろう。

安定した経営による質の高い医療の提供

「市民に開かれた病院でありたい」と、藤森氏は言う。語られた一言が表層的なきれいごとやただの理念でないことが、その後に続く言葉でわかる。

 「市民に開かれた、言い換えれば市民に信頼される病院でなければ、質の高い地域医療を継続的に提供することが困難になるのです」

 一定レベル以上の医療を提供し続けるためには、優秀なスタッフと充実した設備が欠かせない。しかも特定の診療科に片寄ることなく、市民が抱えるさまざまな悩みや要望に応えられる体制を整える必要がある。その実現には、安定した経営基盤が不可欠。経営を安定させるためには、外来も病棟も多くの市民に利用してもらえるようでなければならない。医療への信頼感が低ければもちろん、親しみが湧かない病院へは足が遠のくはず。信頼され、かつ近しく感じてもらえる「開かれた病院」であって初めて、あがの市民病院は存在価値がある、と考えているわけだ。そのため藤森氏は病院長に着任して以来、経営の安定化を最優先課題としてきた。

全身を診られる医師を病院で育てたい

 「病院経営が重要だからといって、患者さん一人ひとりの診療を二の次に考えているわけではありません。ただ、かつてのように私自身がすべてを担うのではなく、外来、病棟とも現場の医師が働きやすい環境を作ることや、全身を診られる医師を育てることが病院長としての役割だと考えています」

 あがの市民病院は指定管理者制度によりJA新潟厚生連が運営しているため、病院長の裁量権が県立病院よりも広い。その裁量権を活用し、藤森氏は研修医の採用枠を拡大した。さらに地元大学の実習病院でもあるのは、地域医療の将来を担う若者を、あがの市民病院で育てようという意思による。

 「全身を診られる医師」を育てたいという願いは、地域がそれを求めているから。藤森氏も内科医として呼吸器を専門としながら、全身を診ることを常に意識していたという。その成果として義務年限中に、消化器の疾患が呼吸器の症状となって現れることを発見し、国内で初めての症例を報告した実績を持つ。

 また医療、介護、生活支援、在宅医療などに一貫して対応する地域包括医療・ケア体制を強化したのも、地元で長年地域医療に携わってきた経験から導いた、藤森氏なりの病院経営のあり方のようだ。

 「もともと訪問看護ステーションのあった病院なので、下地はできていました。私はその機能を強化・拡大するとともに、当院がケアミックス型の病院であることを市民に知ってもらい、広く活用してほしいのです」

 あがの市民病院は3期連続で黒字を計上し、院長室のとびらには「黒字達成!」と誇らしげに書かれた貼り紙があった。それでも「地域医療の課題は山積している」と、藤森氏が表情を崩すことはなかった。

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