医学部 School of Medicine

医学部

School of Medicine

インタビュー

(2025年度 取材)

地域の医療体制を維持するために医療システムの基盤を考え続ける。

栃村亮太

埼玉県秩父市大滝国民健康保険診療所
所長

栃村亮太 埼玉県

総合診療医

患者さんと丁寧に会話するのが自分のスタイル

 秩父市大滝は埼玉県南西端に位置し、同市街から車で40分ほどの山奥にあります。高いところでは標高1,000mに達し、面積は埼玉県の約10%と広大ですが人口は300名程度と非常に少なく、高齢化率も70%ほどでいわゆる過疎地域です。大滝診療所はそんな大滝地区唯一の医療機関です。免許返納や歩行機能低下により自力で診療所に通院できない方も多く、半数近くが当診療所からの送迎バスで通っています。

 医師は私一人で、午前中は定期・初診外来、午後は訪問診療と往診を行います。患者さんたちは高齢で日頃は外出できないことから、「診療所の待合室で行き会う人と話すことや診察室で先生と会うことが楽しみだ」と言ってくれますので、午前中は約10数名の患者さんに対して一人15分~20分程度とたっぷりの時間を使って診察します。患者さんがここぞとばかりに用意してきた面白・苦労話を聞かせてくれますので、話している時は基本的にカルテ記載は行わず、眼や体を向かい合わせながら話を遮らないように心がけています。こういった話の中には患者さんの生活が垣間見える内容も多く、地域で医療をするには重要な話ばかりです。

診療所だからこそ1人1人のストーリーを大切にしたい

 私の忘れられない記憶を紹介します。90歳代の認知症を患う母を介護するために帰郷した娘さんがいました。私が赴任した頃、その娘さんは癌を再発し、化学療法のために片道2時間かかる病院へ通院することになったのです。癌と化学療法による体調不良が合わさり、通院は本当に本当に大変なものでした。私は、訪問診療で娘さんとそのお母さんを毎月診察していましたが、ある日、娘さんが新型コロナウイルス感染症に罹患し、お母さんにうつってしまったのです。普段は迷惑をかけたがらない娘さんから休日に往診依頼があり、ご自宅を訪れると、娘さんは心配と自責の念、さらには今まで辛い治療に耐えてきた思いも合わさり、ずっと涙を流されていました。普段は辛いときも笑顔を絶やさない方でしたので、夏の暑い中、防護服を着ながら私も夢中で1時間程度お話を伺っていたのをよく覚えています。

 幸いにも2人とも軽症ですぐ元気になり、私がいつも通り毎月の診察でご自宅を訪れるとそこに娘さんはいませんでした。「数日前に容態が悪化し、抗がん剤で治療中の病院に緊急入院した」とのお話で、「亡くなった」と訃報をいただいたのはそれから間もなくでした。

総合診療医としていのちとどう向き合うか

 後日、お母さんの訪問診療の際に、ご家族から娘さんが亡くなった時の話を伺い、「あんなに頑張っていた娘さんにもっとできることはなかったのだろうか」とあらためて考えさせられました。悔しくて仕方ありませんでした。娘さんが丁寧に面倒をみていたお母さんは今もまだご存命で、その悔しさを忘れずに毎月診察しています。

 この方々のストーリーを通して、「病院のような高度医療を提供できない診療所だからこそ、できることは何だろう」「総合診療医として何ができるだろう」と日々考えながら、これからも大滝の方々へ医療を届けたいと思っています。

住み慣れた地域で安心して暮らし続けるために

 私は診療所に週4日勤務していますが、大滝地区から視野を広げ、残りの週1日は秩父市役所の保健医療部に出勤し、市全体の医療体制を改善する活動にも取り組んでいます。現在、秩父市は医療スタッフの慢性的な不足をはじめ、夜間の救急医療の維持など多数の問題を抱えています。このような問題はいくら我々医療従事者が現場で身を粉にして働いても解決できないのが現実で、地域の基盤となる行政と協同していく必要があります。そのため現在は現場と行政の通訳者として活動し、少しずつですが医師確保や夜間救急医療の維持に繋げられるよう努力しています。また、その一環として地域住民を対象とした健康講座も行い、「自分たちの健康は自分たちで守る」という意識を醸成する活動も行っています。

 診療所には今日も受診を楽しみに来てくれる患者さんたちがいます。「月に1回、先生に元気な姿を見せに来るのが仕事なんだ」「先生に診てもらうとなぜか元気になっちゃう」と90歳を超えた患者さんたちが元気におしゃべりして帰っていく姿を見るとうれしく、「自分も頑張ろう」と思わせてくれます。そのような患者さんたちが少しでも長く安心して暮らせるように、これからも日々努力していきたいと思います。これから医師を目指す皆さんと将来一緒に働けることを楽しみにしております。

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