医学部 School of Medicine

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メッセージ リレーエッセイ

我が子に「先生」と呼ばれて

阿部素

福島県立南会津病院 内科(福島31期)

阿部素 福島県

皆さま、冷蔵庫とは何をするための家電でしょうか?勿論、私は冷たいものを冷たくし、新鮮さを保つための物と信じて生きてきました。しかし、私が現在勤務している南会津に赴任したばかりの頃、とある地区にお邪魔したときのことです。飲み物や野菜を外や台所に置いておくと凍ってしまうから、それを防ぐために入れておくのだと言われカルチャーショックを受けたところから、この地域での生活が出発しました。

南会津は福島県の南西に位置し、陸の孤島と言われる県内きっての厳寒の地です。そこに私は、6歳の息子と2歳の娘、そして同窓の夫と暮らしています。

今、私は自治医大と福島県の協定で「育児短時間勤務制度」を使わせて頂いています。簡単に説明すると、フルタイムの3分の2の勤務時間で給与も3分の2、義務年限が2分の3倍になるというものです。

この制度を使おうと考えた理由をお話します。

私が医師4年目だったとき、言葉を覚え始めた2歳の息子に「先生」と呼ばれるようになりました。お迎えも遅く、一日の殆どの時間を保育園で過ごしている彼は身のまわりの近しい大人は「先生」だと思ったのでしょう。また、時間ぎりぎりに慌てて迎えに行っても、そのまま職場に連れて行く有り様で、その頃は仕事の要領も悪かった私に周りから飛んでくる声は「先生!明日の点滴のオーダー出てませんよ」「先生!○○号の○○さんが…」というものばかりです。これでは、2歳児に「先生ではなく、お母さんだよ」と言ったところで何の説得力もありません。それで、同業の夫とも相談し、後期研修が明けて、またこの地域に戻るときにはこの制度を使おうと思ったのです。

ただし、後期研修はキッチリと学ぼうと思いました。理由は次に詳述しますが、環境的に研修地が我々夫婦の実家に近く、息子は何とかなるだろうという思いもありました。

さて、本題です。私は、一般内科の他に血液透析を診ています。日々の透析管理に関しては、ガイドラインに沿ってやれば僻地であっても標準的な質の医療を提供できます。しかし、バスキュラーアクセス関係だけは、それにプラスして技術がなければどうにもなりません。腎機能が悪化し、いよいよ透析導入のためシャント造設が必要になったとき、腎不全が進んで倦怠感も増している体を押して都市部の病院へ行くよう紹介しなければならないのです。

また、シャントが血栓閉塞した際にも血栓除去やシャント再建を他院にお願いしなければなりません。ただでさえ、当院約50名の透析患者の内、通院に片道1~1.5時間を要する通院患者は8名います。さらに長い長い会津の冬、雪の期間は片道2時間を超えます。ましてここからさらに都市部の他院へ行くとなると、その肉体的、精神的、経済的負担は計り知れません。すべて当院でできればどれほど患者は楽になるかと思い、後期研修でその技術を身に付けようと思ったのです。

学位や専門医が取得できた訳ではありません。しかし、とにかく自分でシャント造設とトラブルシューティングができるようになりたいという一心で2年間励みました。大学や医局の絡みと関係なく、突然の弟子入りをした私に熱心にご指導くださった研修先の師匠のおかげで、今では大抵のバスキュラーアクセストラブルには対応できる自信をつけ、この地に戻ってきました。南会津医療圏というのは神奈川県と同じ面積があり、そこに開業医は何人かいらっしゃるものの、当院が唯一の病院です。そしてここが唯一の透析施設なのだという気概を持って日々の仕事に向き合っています。

勿論、当院でできるのは血液透析ですが、私が心掛けていることは、末期腎不全の患者に「腎代替療法」という視点で多様な選択肢を提供し、言葉を尽くして説明するということです。

例えば、若くて仕事を持っている人には、都市部病院での夜間透析という方法があることを話します。また腹膜透析や腎移植についても説明します。さらに、高齢で独居あるいは家族の協力も難しく、通院が困難な患者には透析導入はせず、最善のサポートをしながら穏やかに残された時間を過ごしてもらうという提案をすることもあります。これは患者との信頼関係が無ければ大変難しいことですが、交通の便も悪く、過疎化の進む当地では避けて通れない問題です。

以上のようなことからも、気象条件の厳しい僻地で透析が必要になることを未然に防ぐ取り組みとして、南会津保健福祉事務所、保健所と「慢性腎臓病(CKD)の重症化予防に向けた地域会議」を立ち上げ、平成29年1月から始動する予定です。行政、かかりつけ医、専門医、保険者との連携や、地域住民の教育について、取り組んでいきたいと考えています。

ところで皆さま、福島県というと原発事故のことを心配されるかもしれませんが、会津地方は勿論、避難地域以外は大体震災前と変わらない日常生活を送っています。しかし原発事故に関する概況は、廃炉や汚染水漏れ、避難者数やいじめの問題まで報道のとおりです。報道の対象にはならないようですが、県内でも女子生徒の中には将来の支障にならないようにと避難者であることを伏せて暮らしている人もいると聞きました。

そのような中で最近、ささやかながら心温まることがありました。私の子どもが通う保育園で園児達がどんぐりを400個拾い、それを除染のために近隣の樹木がすっかり伐採されてしまった地区にある保育園に贈ったという記事が地方紙に掲載されたのです。その保育園ではいつかどんぐり遊びができるようにと親子全員で植えたそうです。私たちフクシマに住むものは、こうして大なり小なり原発事故に関わって生きていくのだと思います。

さて、今この原稿を書いている金曜の夜、チャンスの神様が突然降ってきました。

明日の土曜日はゆっくり子どもの相手をしてあげようと思っていたのですが、子ども達が急に「お母さん、明日保育園に行きたいからお弁当作って」と言い出しました。土曜日はお弁当持参の日なのです。さらに「いつもより1時間早く迎えに来てね」とも。そういえば最近、スーパーのお惣菜や外食が続いたから手作りのお弁当が嬉しいのかな…とか、たまにはお迎えの遅い子たちの前で早く帰る優越感を味わいたいんだろうな…などと、感傷的になったのも束の間、次の瞬間には「ラッキー♪」と不意に降って湧いたフリーな一日をみすみす見過ごすまいと目を輝かせています。読まなくてはと思っていた文献を読もうか、それとも美容室にでも、いやいやたまにしか会えない友人と、などと考えるだけでも楽しい時間です。

それでも私は、昨11月の朝日新聞「折々のことば」に「家事と自分の仕事は、やり直しが利く。育児はやり直しが利かない。」とあったのが、最近強く胸に響いているのです。やり直しが利かない仕事をしているからこそ、なお一層応えたのかもしれません。しかしそこに鷲田清一氏は「親との関係だけが子の人生を決めるわけではない」という救いのコメントを用意してくれました。確かに、厳しい冬ではあるけれど春夏秋冬の気候風土、地元の人々との交流、それぞれの実家との関わり等々、さまざまな関係の中で子どもは成長していってくれるのでしょう。

雪深い南会津、これから春まで殆ど晴れる日はありません。そんな時、たまに光の射す晴れたところに行くだけでも心がすっきりします。私は、ここでこうして時々は肩の力を抜きながら、2分の3倍に伸びた義務年限を務めていきます。

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