医学部 School of Medicine

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メッセージ リレーエッセイ

へき地で仕事を続けること

花戸貴司

東近江市永源寺診療所(滋賀18期)

花戸貴司 滋賀県

「田舎って大変ですよね」
へき地診療所で仕事をしていると、よくこんなことを言われます。しかし、へき地勤務 を続けている自治医大卒業生はあまり「大変だ」なんて思ったことがないのではないでしょうか?なにせ、自分がやりたいことをやっているし、地域にはやりがいのある仕事が たくさんあるのですからーー

私は1995年に自治医大を卒業し、2000年から現在の診療所で働いています。ちょうどネット環境が整い始めた頃でしたので、情報はネットで調べる、困ったことの相談や愚痴も電話ではなくメールでやりとりをする、そんな時代に移りつつありました。今ではニュースはもちろん、医療情報や買いたいものもネットで手に入るようになり、とても便利になりました。先輩方の苦労を考えると、田舎でも随分楽をさせてもらっているように思います。

しかし、便利になったとはいえ私にも不安がなかったわけではありません。医師一人の孤独と、子どもの教育のことは常に心の奥にありました。ところが、先ほども述べたようにネットを利用しながら情報を受け取ったり発信したり、田舎であっても誰かとつながっているような感覚が持て孤独を感じることは少なくなってきました。そして、もう一つはどうでしょうか。自分がへき地勤務を続けようと思っていても、家族の了解を得なければ不可能です。とくに配偶者の意見はことさらで、子どもの教育のことも考えると自分の 意見を押し通すことはできず、全面的に従うしかありません。そうやってへき地から離れていく人達を、数 多く目にしたことも事実です。

しかし我が家の場合、妻と話し合い、へき地勤務を継続するという選択をしました。我が家には3人の子がいますが、末娘は現在高校3年生、上の二人は大学生になっています。彼らは地元の小学校を卒業すると、それぞれ県外にある寮のある中高一貫校に進学しました。驚いたことに学校の保護者会に行くと自治医大の卒業生に会うのです。よくよく伺うと、子ども達が進んだ各々の学校には自治医大卒業生のご子息がおられ、親御さんは全国各地の地域医療分野で活躍されている。つまり、へき地勤務を継続しながら子どもの教育を考える時、私と同じような選択をされる人が少なからずおられたのです。

中学生から寮に出すのは心配じゃないの?という意見もあるかもしれません。私も「かわいい子には旅させろ」と言ってはみたものの、子どもを家から出すのは一抹の不安がありました。しかし、一か月もすると杞憂に終わります。子ども達は寮生活を経験し、親が思っている以上に成長して帰ってきました。まず、田舎の方言しか話せなかった言葉が変わりました。そして、挨拶はもちろん、親に頼っていた洗濯や食事の後片付けも自分でするようになりました。6年間で、親には打ち明けられない思春期の悩みを話し合える友ができました。会うたびに成長する我が子を見ながら、外に出して本当によかったと思います。

いま、全国で少子高齢化と市町村合併の影響により、医師不足、スタッフ不足、赤字経営などの地域医療の諸問題は、診療所から病院へと舞台が変わりました。そして、自治医大卒業生が活躍する場も診療所から地域の病院に移りつつあるようです。時代の変化とともに情報は手に入りやすくなり、孤独な診療所勤務は減ったかもしれません。しかし、教育環境の疎な田舎で、子育ての不安が解消されないまま家族を犠牲にしてまでへき地勤務を頑張れというのは到底無理な話ではないでしょうか。

今回、私が示したかったことは、子を寮のある中高一貫校に進学させることで、皆さんのへき地での仕事と生活がより充実したものになる可能性があるということです。地元の学校に自宅から通わせるよりも生活費など少しコストはかかるかもしれませんが、家族で都会に住むよりも安く済むと思います。

そしてなにより、地域で自分のやりたいことができる、自治医大卒業生としての役割を果たすことができるのです。繰り返しますが、田舎で生活をすることは決して「大変なこと」ではないと思っています。少なくとも皆さんは地域で仕事ができるよう大学で教育を受け、地域で活躍する先輩の姿をみてこられたはず。国家試験 に合格することも大切なことですが、それだけが自治医大生の役割ではないと思っています。卒業してからもそれぞれの立場で、地域のために働き続けること。それこそが、自治医大卒業生の存在意義だと信じています。

私は昨年から同窓会幹事をさせていただいております。同窓会の皆さんがへき地勤務に就いても「地域にはやりがいのある仕事と充実した生活がある」そう笑って仕事ができるよう、幹事一同応援していきたいと思います。

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