医学部 School of Medicine

医学部

School of Medicine

インタビュー

(2021年度 取材)

与えられた境遇で全ての経験をその後の糧とする

石川由紀子

地域医療学センター 総合診療部門 附属病院総合診療内科

講師石川由紀子 

1994年、自治医科大学卒業。出身地の静岡県で初期研修後、高知県出身の同級生と結婚。高知県で3年、静岡県で4年、地域医療に従事。2015年より現職。総合医療の臨床・教育・研究と並行し、医師・研究者キャリア支援センターのアドバイザーを務める。

「総合診療」とは何かを地域医療に聞い続ける

 私の義務年限がスタートした1994年当時、「総合診療」は解釈もさまざまで、医学界においても、認知度はあまり高くありませんでした。自治医大の医学教育は、へき地や離島へ行っても対応できる技能を授けるものであり、すでに当時から早期体験実習もカリキュラムに組まれており、在学時に地域医療への従事という明確な目標を立てることができました。学生時代、私自身は、視野を広げるために、神経難病の施設、ホスピスや貧困地区でのキャンプなどに参加しました。初期研修では、当時、他大学の研修医は医局に入局していましたが、私たちは、初期研修後に地域に出るというミッションのため、まだ珍しい多科ローテート制で研修し、力をつけることができました。

 しかし、医師3年目から地域に出ると、医療資源が十分とはいえない環境で、責任を負う立場になります。救いきれず悔やまれるケースにも直面し、まだ若かった私には受け止めきれず、つらいと思うこともありました。でも次の患者さんが私の診療を待っています。事実から逃げずに、その経験を真正面から受けとめ、省察し、次に生かすことでしか前に進めないと気づきました。この義務年限の9年間、多くのかけがえのない命との出会いと共に、臨床医としての喜びや悲しみがありました。9年を乗り越えてようやく本当の臨床医に成長できるのではないかと考えています。

 義務年限中に結婚し、出産をした私には、患者さんとともに守るべき者として家族が増えました。家事に育児が加わった日常生活の慌ただしさは想像以上でした。長女を預ける保育施設がなかったため、農家のご家庭に預かっていただき、勤務しました。患者さんとのコミュニケーションのために、その土地の言葉を話すようにしました。住民としてお祭りや運動会も参加しました。着任して間もない頃、患者さんを診察に行った際、女性医師を見るのが初めてだったようで「医者を呼んでくれ」と言われたことがありました。そんな時代もあったのよと、今となっては、笑い話です。それら地域医療で経験した全てが、私のキャリアとなりました。

 卒後から「総合診療」とは何かと聞い続けました。ところが3年前、「総合診療専門医」の専門研修が開始され、取得すべき能力が示されました。「総合診療専門医」は、患者中心の医療、地域医療さらには医の倫理などに関する深い理解と実践がなければ取得できません。制度で示された定義と条件は、総合医とは何かを聞い続けてきた私への答えとなりました。

地域医療に子育てを加えた義務年限のあわただしい日々

 義務年限が明けた後、母校に戻った私は、自治医大附属病院の総合診療内科に所属し、外来診療に従事しています。一言で総合診療といっても、義務年限中の取り組みとは異なる診療の場です。附属病院は高度医療を提供しています。総合診療内科は47科のうちの一つの診療科ですが、診断のついていない方、複数の疾患を有する方、症状の多彩な方を中心に診察しています。患者さんの言葉に耳を傾けながら、診断に有用な問診や検査を行って診断を確実にすることや、診断がつかなくても診療を継続する中で、患者さんとの関係を構築します。

 患者さんと医師は、人として対等であるという信念は揺らぐことはありません。医師が考える医療を一方的に押し付けるという時代は終わりました。患者さんの思いや考えに耳を傾け、病に関する理解を確認します。学生さんには対話を繰り返す中で、その時にできる最善を尽くす医師を目指してほしいと思います。

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