医学部 School of Medicine

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メッセージ リレーエッセイ

いわゆる郡部での在宅医療

佐藤浩平

みさと在宅診療所(秋田18期)

佐藤浩平 秋田県

私の出身県である秋田は過疎エリアも点在していますが、県庁所在地である秋田市以外のすべての地域で医師が十分に確保されていないのが自治医大開設前より続いています。したがって自治医大生の卒後の勤務地も必然的に公立病院が多いという特徴があります。

今回のエッセイでは私の卒後をふりかえりつつ、人口10万程度での医療圏における在宅医療の現状を綴ってみたいと思います。
私は当時としては珍しかったローテート研修を自治医大本院で(そのころは秋田県内ではストレート研修しかありませんでした)行い、内科系、外科系はもちろんのこと救急や麻酔科、小児科など貴重な経験をさせていただきました。
2年の研修を終え勤務地として指定されたのは、医師は自分をいれて3人という山にかこまれた50床程度の小さな病院での内科医としての勤務でした。人口も秋田県一広い医療圏の中にほんの数万という秋田随一の過疎地域です。ですが住人はみなあたたかく、自然もゆたかで夏には民家のそばの川でイワナが釣れるようなところでした。しかし冬になると毎年のように2m以上の雪が降り、いわゆる豪雪地帯に変貌します。夜はマイナス10℃を下回り自然の厳しさが肌身にしみました。
そんな地域で医師になって間もない私がはじめて経験したのが「往診」でした。当時は訪問診療という言葉はなく、患家に赴いて診療することをすべてそう呼ばれていました。豪雪地帯にもかかわらずなぜかFRの病院車にスタックしたときのためのスコップを積み、運転手さんと一緒に週に1回程度、複数の患家を訪問しました。
そこで一番衝撃を受けたのは、同じ診療行為なのに病院と患家ではこんなにも違うものなのか、ということでした。大きく異なるのは患者さんが普段暮らしている状態や環境下での診察になり、病院では見えてこない生活者としての患者さんが見えてくるということでした。
そこには通院できない他に様々な事情がありました。

家族と暮らしていても日中は一人でぼんやりと過ごしていたり、家の中に日が入らず常にじめじめした環境で暮らさざるを得なかったり、そして貧困という経済的な問題も当然のようにありました。
そんな患者さんに外来で行うような治療や内服管理や生活指導を説明しても実践するのは不可能なのではないか、とも思ったものです。
やがて他の地方都市の病院で消化器外科医として勤務を続けていましたが2010年に勤務していた病院がいわゆる医療崩壊という状況になってしまいました。
そんな中、在宅専門のクリニックを開設していた先生に誘われ在宅の道に入ることになりました。そこで5年間在宅医療現場での経験を重ね2016年に出身地である県南地域に戻り在宅診療所を立ち上げました。
秋田県の県南地域は秋田でも有数の豪雪地帯で横手のかまくらなど雪にまつわる行事が多くあります。
医療機関は診療所からみて南北に3つの急性期病院がありますが総じて単位人口あたりの医師の数は全国平均をはるかに下回りその偏差値は40を切ります。医療圏である診療所から半径16kmの地域にはわずか12万程度の人口しかおらず、しかも年々減ってきているのが現状です。高齢化率は35%を超え、後期高齢者の人口はすでに横ばいから減りつつあり、日本の平均の10年から20年先の状態にあります。

都市部と郡部での在宅医療の一番の違いは診療エリアの広さ、つまり移動距離の長さにあります。1日100km以上移動することもざらで車の中にいる時間が非常に長くなってしまいます。したがってそれほど多くの患者さんを診ることはできませんが、看護師さんに運転してもらいながら車中でカルテを書くなどいかに時間を無駄なく使うかが重要になります。クラウド型の電子カルテはそのために一役買っていると言えます。

次にエリア人口から考えても強化型在宅療養支援診療所は難しいということです。これは一人医師の診療所で継続していかなければならないということです。在支診であるからには24時間対応が要求されるため、ストレスもかなりのものになってしまいます。したがって多職種の協力も得ながらなるべく時間外を減らす工夫が長期継続するために必要となってきます。

確かに都市部と比べて郡部での在宅医療はデメリットが大きいのかもしれません。実際にかつては自分もそう思っていました。しかし病院や訪問看護ステーションのみならず、開業医の先生たちと良好な協力関係を保ち、患者さんに適切な指導を行えば実際なんとかやっていけるものです。今後はITの利用も「距離」というデメリットを埋める一つの方法になっていくかもしれません。
開業から2年間一人でやってみて未だ燃え尽きそう!という感覚はありませんが、在宅で介護を続けている患者さんのご家族と同様、できるだけ肩の力を抜くことによって長い間地域の在宅医療に貢献していければと思います。

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