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同窓会会報から 黒瀬博計(兵庫県)

同窓会会報から 黒瀬博計(兵庫県)

リレーエッセイ(北から南から)訪問診療は楽しい〜人生はミステリ小説と同じだ。

医療法人社団そよかぜ はるかぜ診療所 黒瀬博計(兵庫17期)

子供のころから本を読むことが好きで、特に推理小説の面白さを小学5年生で覚えて以来、むさぼるように読みました。今からさかのぼること30余年、詰襟の学生服で自治医大入試の二次試験に挑んだ際、悪あがきしても学力は伸びないと思っていたので参考書類は持たず、クリスティ「ABC殺人事件」、チャンドラー「長いお別れ」、アイリッシュ「幻の女」のミステリ文庫本3冊を往復の新幹線や宿舎で楽しみました。
二日目の集団面接のテーマの選択肢の一つに「高校生と読書」・・・これだ、と思い真っ先に挙手して、「首都圏の人口集中」とか「医の倫理」の希望者が名乗り出る前に決定してしまいました。自分の読書論や本の楽しさをたっぷり語り、しゃべりすぎて不合格になるかと思いましたが、運よく合格していました。大学に入っても、いつも何か本を読んでいないと気が済まず、読み終わると活字に飢えた私は食費を削ってでも本を買うありさまで、1994年に卒業して引っ越す際の荷物の大半は、本が詰まった段ボール箱でした。
私は、卒後3年目に兵庫県新温泉町照来診療所に派遣されました。初期研修後に山間へき地の無床診療所の所長となり、乳児から高齢者までの外来診療、訪問診療・往診、学校医、役場や社協との会議など様々な経験をしました。その中でも看取りまで行う在宅医療は、研修病院で「患者待ちの医療」を行っていた私にとって、「出向いていく医療」であり、何もかもが新鮮でした。患者さんは住み慣れた家の環境で医療を受けることができますが、医師にとってはアウェーゲームになるため入念な準備が必要でした。車で片道20分以上かかることも多く、忘れ物を取りに戻ることもできません。往診依頼の電話で病状を聞いたら様々な想像をめぐらし、注射や内服薬、処置具などを準備して車を飛ばしました。積雪が多い地域なので、夜中に往診に呼ばれるも雪かきに30分もかかって車を出せないこともありました。布団に横たわる患者さんの枕元に正座して中心静脈カテーテルを入れたり、ご家族に懐中電灯をかざしてもらって傷の縫合をしたり、広い座敷に30人くらい親戚一同大集合した中での死亡確認など、病院ではできない貴重な体験ばかりでした。
その後、病院勤務での内科、外科、緩和ケア病棟など、様々な勤務をしましたが、医師3年目に感じた在宅医療の楽しさは忘れ難いものでした。地域医療に戻りたいと思っていた中、大学の先輩の岡本秀樹先生(兵庫16期)、静子先生(岐阜16期)ご夫婦に声をかけていただき、2014年に医療法人社団そよかぜの立ち上げに参画することになりました。二人が勤務されている2008年に開設された朝来市山東町のそよかぜ診療所に次ぐ二つ目の診療所となるはるかぜ診療所(朝来市和田山町)を、雲海で有名な竹田城の麓に開設しました。私は、はるかぜ診療所院長としてプライマリ・ケアの外来をしながら、在宅医療に打ち込んでいます。法人として、訪問看護、訪問リハビリも積極的に提供し、在宅医療を推進しながら地域医療を支える一翼になれるよう努めています。
人口29000人の兵庫県朝来市は自治医大密度?の濃い地域となっており、私たちだけでなく、公立朝来医療センター院長の木山佳明先生(2期)、医員の山崎海成先生(38期)、さかもと医院で通所リハビリも運営する坂本健一先生(3期)、サ高住・デイサービスを運営する馬庭内科医院の馬庭(守本)明枝先生(兵庫22期)が、朝来市内で地域医療に力を注がれています。また、近隣自治体で勤務されている、小松素明先生(兵庫20期)、加藤(足立)千恵子先生(兵庫28期)・健先生(福岡28期)ご夫婦も市内在住で、医学生実習や研修会などでお会いし情報交換を行っています。朝来市がある兵庫県但馬地域は、約35%と高齢化が進んでいるのですが医療の確保が徐々に困難になってきています。
自治体や、公立病院と開業医といった枠を超えて、地域医療を育むために相互に協力していくことが大切になっていきます。私たち法人も自治医大卒業生として、医学生実習を積極的に受け入れ、兵庫、そして但馬での医療のやりがいや楽しさを感じてもらい、将来の地域医療の担い手を育てることに少しでも役に立ちたいと考えています。実習に来た学生には、特に在宅医療の面白さを伝えるように努力しています。

外来や入院診療においても詳細な問診などで患者さんの人となりや生き様に触れることはできるのですが、訪問診療で家にお邪魔することでより深いところまで探ることができます。訪問宅にお邪魔する際は、事件現場に足を踏み入れる探偵のような心境です。
まず、駐車場に車を停め玄関に向かいながら、家の佇まいや周囲の景観を眺めます。四季の移ろいで、桜や紅葉など医療者も心が癒されることがあります。生け垣や花壇を見ながら家人の花の好みや手入れの度合いを知り、駐車場や車庫の整理から家人の几帳面さを窺い知ります。玄関を開けると、その家の空気を肌や五感で感じつつ靴の並び具合や汚れを見て生活の状況などを考えます。下駄箱の上の飾り物や生け花などを見ると、家人の趣味を感じ取ることができます。
それから、玄関で声をかけて家人に誘導してもらい、患者の居室に向かいます。途中の廊下の片づけ具合、居間や食堂の様子をこっそりのぞき見します。玄関と居室だけ片付けて、他の部屋など散らかっているお家は案外多いものです。また、食堂やキッチンの様子は、生活状況があらわになる場所なので重要だと思います。食卓の上の残食、シンクや洗い物がきれいにされているかどうかは、衛生管理に対する家族の考えが表現されています。
そして、いよいよ患者さんの居室に入ります。南向きの日の当たる部屋、窓もない暗い部屋、扇風機しかない部屋、炬燵で寝ている人、いろんな療養環境がありますね。でも、ご本人が心地よく穏やかに生活できているのであれば、そこは私たちが指摘するものではないでしょう。部屋の匂い、シーツや寝具の汚れを見ることで、排せつ管理や身体保清の状況を把握します。挨拶をするときに口の中を見て、義歯の状況や歯肉など口腔衛生をチェックします。酸素飽和度測定の時には、爪の手入れや白癬の有無などを見ます。ここまでは、何だかあらさがしのようにいろいろ目を光らせていますが、様々な情報から患者さんの人となりや家族との関係などを推理する楽しさがあります。そして、一番じっくり観察するのは居室の物品になります。壁の絵や掛け軸、家族で撮った写真、昔の旅行の写真、自分で作った工芸品、書架の本、見ているテレビ番組、ごみ箱に入ったおやつのゴミ、いろいろ見るところがあります。そこから会話のネタを収集することで、コミュニケーションを広げることができます。「チョコレートを食べたでしょ?血糖値上がらんように気を付けんと・・」「若い頃は男前で女性にもてたでしょ?え、ちょっと悪さしていた?今もデイサービスで人気あるんやったね」とか。時には、印象派の絵のことで盛り上がったり、新婚旅行の想い出を語っていただいたり、病気以外の話になると明るい表情を見せてくれる方が多いです。病気と診療だけでつながる医師患者関係ではなく、互いに一人に人間として患者さんやご家族と付き合うことができる、
これが在宅医療の醍醐味かなと考えます。外来診療から在宅医療に移行して訪問を開始すると、診察室では窺い知れなかった患者さんやご家族の一面に触れ、より深い信頼関係を築き上げることができます。

いろいろ想像を膨らましたり、こまめに情報収集したりしながら、患者さんやそのご家族の歩んできた人生の物語を私なりにじっくり紡いでいく作業が大好きです。私たちの法人は、最後まで住み慣れた我が家や施設で過ごすことができるよう、看取りについて積極的に取り組んでいます。患者さんに寄り添いながら、謎解きをして問題解決をしたり、時には介護する家族を励ましながら少しばかり雰囲気を演出したりもします。
それぞれの物語に、わき役や演出家として邪魔にならない程度に登場させてもらっています。そして、その人らしい素敵なエンディングを迎えることができるよう、これからも患者さんや家族を支えていく努力をしていきます。
医師として、一人の人間として、様々な別れを経験してきました。笑顔のこともあれば涙を流すこともあり、その都度、「さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ」(フィリップ・マーロウ)という言葉が頭によぎり、「Ev'ry Time We Say Goodbye」(コール・ポーター作曲)のやさしい旋律に癒されました。男らしいハードボイルドにあこがれながらも、きわめて日本人的な温泉卵のような私の軟弱さは、なかなか変わるものではありません。それでも、誰かを支える力になれたという充実感が、少しずつ自分を強くしてくれると信じて、これからも訪問診療を楽しんでいきたいと思います。