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同窓会会報から 大河原晋(山形県)

同窓会会報から 大河原晋(山形県)

「今日、生きているから、明日がある」

自治医科大学附属さいたま医療センター腎臓内科 大河原 晋(山形14期)

私は本学の卒業生で、同期の新保先生の指名を受け、戸惑いながら筆を取っています。地域で奮闘している若い先生方に少しでもお役に立てれば幸いです。

私が卒業した高校は藩校の流れを汲み、一度も廃校になることなく、現存する最古の公立学校と言われています。地元では、実利の学校、とも呼ばれ、世の中のためになるように勉強することを教えられました。しかしながら、そのような教育を受けても、大学に入ると生きることに戸惑い、今日、死なないから明日、目が覚める、程度の学生だったと思います。ただ、その当時の腎臓内科教授の浅野泰先生の講義の中で、膜が傷むと蛋白尿・つなぎ目(メサンギウム細胞のことと思いますが)が傷むと血尿、との話を聞いて、その単純さに何故か感動して、卒業したら腎臓内科に進もう、と決めていました。卒業後、研修中も自分なりには努力したつもりでしたが、腎炎だけではなく、水・電解質代謝、透析療法といった腎臓内科全般の理解が進まず、本学腎臓内科で勉強する機会を頂いたことが自分の中では大きな転機となりました。単離尿細管灌流を用いた電解質調整の基礎研究を通して学位も取得させて頂きましたが、それ以上に、初めから覚えることを止めること、なぜそうなるのか、頭を使って考えること、どこまでが理解できて、どこからが理解できていないか、はっきりさせること、など、暗記中心であった思考構造を、考えることを中心にした構造に変えるトレーニングを教えて頂きました。また、地域に戻っても臨床研究が行えるようにと、統計学を含めた数字の扱い方、さらには現在まで続く臨床テーマの、血液透析と体液管理、を頂いたのもこの時でありました。卒業生だから優しく、ではなく、卒業生だからこそ、その後のことも考えて、と御指導頂きました本学腎臓内科の諸先生方には本当に感謝しております。その後、地域医療に戻り、10数年、山間の町立病院に勤務していましたが、その時に心がけていたことは、年に一回は学会発表すること、発表は和文でもいいので必ず論文化をすること、5年に一回くらいは英語で論文を書くこと、などです。必ずしも全てが上手くできた訳ではありませんが、その時、その時の小さな積み重ねが血となり肉となったのかも知れません。臨床研究は当然のことではありますが、目的を説明して、医療スタッフの理解を得て、患者さんにも理解を頂いてこそ、成り立つものです。特に地域医療では、地域での信頼が得られてこと成り立つ臨床研究であり、そのために研究以外の日常臨床においても自分自身で真摯に努力することになります。テーマの大小は問わず、一つでも臨床テーマを持つことが、地域医療における良い医師になる近道、のような気がします。現在、臨床研究として、血液透析療法における新たな除水モードのプログラム開発と臨床応用、血液透析症例を含むCKD症例の体内酸素動態の変化の把握、などを行っています。うさぎのようには走れませんが、一つずつ、歩みを進めたいと思っています。最近は、気力をどう表現したらよいのか戸惑っていた学生の頃とは違い、今日、生きているから、明日がある、明日はもしかしたら今日よりも良い日かも、と日々をかみしめるようになりました。努力を続けようと思う今日、この頃です。