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同窓会会報から 小野原貴之(佐賀県)

同窓会会報から 小野原貴之(佐賀県)

リレーエッセイ(北から南から)〜「へき地・離島」勤務のススメ〜

国立病院機構 嬉野医療センター 小野原貴之(佐賀34期)

 今回のリレーエッセイは佐賀県より34期小野原がお送りします。諸先輩方のリレーエッセイほどの経験もなく、文章作成力も稚拙ではございますが、しばらくの間お付き合いくだされば幸甚です。
 私は2011年に自治医科大学医学部を卒業後、佐賀大学医学部附属病院、佐賀県医療センター好生館で初期臨床研修を終え、佐賀県医療センター好生館 救命救急センターで後期研修を1年取得しました。その後、玄界灘に浮かぶ離島である唐津市加唐島診療所に1人診療所長として2年間勤務し、現在は公的医療機関勤務として国立病院機構 嬉野医療センター救急科に勤務しております。
 佐賀県の場合、県庁との関係が比較的良好であり、義務年限内において個々の専門医取得などに配慮したプランを最大限考慮してくださっています。もちろん全員とはいきませんが、自治医大卒業生が義務年限内においてもモチベーションを保つことができる一つの要因となっています。平成30年2月に開催されました第35回九州地域医学研究会(大分県)で自治医科大学佐賀県卒業医師の現状について発表させていただきました。また佐賀県では、「小児科、産婦人科、救急科、麻酔科」といういわゆる不足診療科を専攻した場合、(希望があれば)へき地・離島勤務を免除するという特例があります。私は救急・集中治療を専攻しておりましたので、へき地・離島勤務免除の話があったことも事実です。しかし、自治医科大学に入学した頃から「へき地・離島で勤務することは自治医科大学卒業生の責務である」と信じて疑いませんでしたので、温かいお誘いにのらず、「へき地・離島に行きます!」と言ったTHE☆自治医大卒業生と自負しております。あの時信じて疑わなかったことが功を奏したのか、今後の医師人生のみならず、1人の人間として成長できる貴重な2年間だったと胸を張って言えます。
 私が赴任した唐津市加唐島診療所は医師1人(私)、看護師1人、事務職員1人の3人体制で、毎週木曜日には隣島の松島まで漁船で出張診療を行っていました。加唐島での2年間は正に漫画のような生活で、アジ(きちんと捌かれた後)を毎週金曜日に頂いたり、新鮮な採れたて野菜を頂いたり、診察ついでに釣れたてのカツオ(捌かれる前(涙))を2匹持ってきた患者もいました。2年の勤務を終えて島を出る日は、涙腺が完全に崩壊し、数日間蛻の殻となった思い出があります。離島・へき地での生活は、本土と違い、本当に時の流れがゆったりとしており、一人一人の患者にじっくりと向きあうことができましたし、その周囲の環境や人間関係まで把握し、診療、生活するよう心がけていました。在宅診療は件数こそ多くはありませんでしたが、より密度の濃い診療を行い、お看取りも経験させていただきました。プライベートでは家族との時間を取れるメリットもあり、子供の成長を感じつつ、妻の負担を少しは減らすことができたかなと思っています(今は殆ど減らせていませんが・・・)。
 もちろん離島・へき地でも急患は存在し、地域基幹病院の唐津赤十字病院、佐賀県ドクターヘリの先生方には本当に良くしていただきました。後期研修医の頃は「紹介される側」しか経験がなく、「紹介する側」を経験できたことで、医師のみならず1人の人間としても成長できたと感じています。また、佐賀県内離島における佐賀県ドクターヘリの現状と評価の論文をはじめ、学位論文の論文執筆、「今こそ!地域医療」の執筆経験もでき、非常に充実したへき地・離島勤務でした。

 確かに自治医大卒業生はへき地・離島勤務があることで専門医取得が遅くなる、手技取得の経験が少ないことは否めません。しかし、私は自治医科大学に入ったこと、へき地・離島勤務を経験したことを一切後悔しておらず、むしろ誇りに思っています。へき地・離島勤務をすることは自治医大卒業生に課された宿命です。
 我々自治医大卒業生は地域医療のプロですし、開学46年で培ってきた地域医療のパイオニアでもあり、そのノウハウを教育されてきたはずです。へき地・離島で「できないこと」を嘆くネガティブキャンペーンをするのではなく、「できること」を見つけ、同じ時間をポジティブに過ごすことが大切なのではないでしょうか。私は故郷である佐賀県で医師をしたいという確固たる信念があり、佐賀大学医学部附属病院高度救命救急センターに入局し、社会人大学院生として学位取得の話もいただき、平成30年3月に学位を無事に取得できました。義務年限内に学位取得の機会を与えてくださった「人」との出会いにも感謝しています。
 へき地・離島勤務を通じて「逃げられない環境」で責任感を養うことができ、現在の救命救急センター勤務でも活きていると感じていますし、「決して逃げない・断らない覚悟」を持って日々の診療にあたっています。環境は違へど、同じ志を持って大好きな地域医療に邁進できていると感じています。「へき地は医者(ヒト)を素敵にする」、この言葉を切に感じていますし、加唐島の住民の方に育ててもらった恩義もあります。PCのデスクトップは、2年間の加唐島診療所勤務を終えて島を出る時の写真にしています。このデスクトップを見ることで、日々の診療に真摯に向き合っているか自問自答しています。
 今後どのような人生設計をしていくか思案中ですが、大好きな佐賀県、自治医科大学に恩返しができるよう研鑽を積んでいきたいと思っています。